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 言われなくたって、そんなこと決まっているじゃないか。俺はずっと、カワイを信じている。俺が俺を信じられなくたって、俺はカワイを信じているのだ。  ……なら、そのカワイが、俺を信じてくれているのなら? 転がったボールを追うこともできないまま、俺は頭の中から……心の奥底から、答えを追い求めた。  カワイが俺を、信じてくれている。俺がカワイを、信じているなら。  ──俺も、自分を信じられるのだろうか? 「……ありがとう、カワイ。いきなり勝手に、身の上話を語り始めちゃったのに、こんなに真剣に話を聴いてくれて」 「うん、ヒトは勝手」 「いたたっ。カワイの言葉はゼロ太郎と同じくらい刺さるなぁ~」  ボールを拾って、俺はカワイに笑顔を向ける。  まだ俺は、答えられない。そう、カワイは分かってくれたのだろう。 「ヒトの母親は今、どこにいるの?」  俺が投げたボールを受け止めながら、カワイがそう訊ねたから。  もう隠すことなんてない。だから俺は、素直に答える。 「さぁ、どこにいるんだろうね。俺はあの人に嫌われていたし、それに、もう……」  投げられたボールを受け止めて、もう一度、投げ返す。 「俺を生んだ直後に、最愛の男がいなくなった。だから、俺の母親──……あの人は、俺を恨んでいる。そんな人が、俺に居場所を教えてくれるわけないよ」 「そうだったんだ」 「うん。だから俺は、あの人の居場所を知らない。あの人も俺の居場所を知らないし、そもそももう、あの人は俺のことなんか思い出したくもないんだよ」 「そっか。……寂しい、ね」  そうなのかもしれない。俺はずっと、寂しかったんだ。 「ヒトが【家族】を大切にするのは、そういう理由だったんだね。ボクとゼロタローを大事にしてくれるのは、ヒトが、その……」  俺が心の奥底にしまい込んでいた感情を、カワイは見抜く。  だけど、言葉の果てを続けない。優しいカワイに、言えるわけがないんだ。  ──ヒトが、家族に愛されなかったから。だからヒトは、家族に固執しているんだね。……なんて。優しいカワイには、言えるわけがないのだ。  全てを察した俺は、笑って見せた。 「うん、そうだよ。俺は【家族】に強い憧れがあるんだ」 「……そ、っか」  ボールを握って、カワイは黙る。  それから、すぐに。 「じゃあ、もう一回言わせて。公園で変質者からボクを助けてくれたヒトに、ボクが伝えた言葉」  カワイは顔を上げて、そして──。 「──ボクは、ヒトがいてくれて良かった。ボクは、ヒトが生まれてきてくれて嬉しいよ」  ──笑顔を、見せてくれた。  その笑顔を見て、言葉を受けて、俺は……。ようやく、この数日間ずっと燻っていた【なにか】の正体が分かった。  ……そうか、そうなんだ。あの日の言葉をもう一度伝えられて、今度こそハッキリ分かった。これで分からないなんて、そんな男ではいたくないのだから。  俺は、カワイの見た目が好みドストライクとか、カワイが弟属性だからとか……そういうのを、関係なく。  俺に、その言葉を伝えてくれた相手。カワイが、俺にとって初めての相手だったから。  だらしないところとか、ダメダメなところとか。それだけじゃなく、俺の素性を知ってもなお、その言葉を伝えてくれた。カワイが、俺の欲しい言葉を優しく投げてくれたから……。 「──ありがとう、カワイ。俺も、カワイがいてくれて本当に良かった。……カワイに出会えて、本当に幸せだよ」  ──カワイがカワイだから、好きになったんだ。

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