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それは、今から一年以上前のこと。俺がこのマンションに越してきて、ゼロ太郎と出会ったばかりの頃の話だ。
俺は会社の後輩から『生活をサポートしてくれる人工知能が搭載されたマンション』という勧めを受けて、このマンションに引っ越してきた。その頃の俺は、自分で言うのも情けないけど……とにかく、酷い生活をしていたからだ。
引っ越し後、初めてこの部屋に入った時。俺は部屋に搭載されている人工知能と、初手から喧嘩をした。
「君には愛嬌がないよ! 皆無だよ!」
[人工知能ですので]
「そんな理由で諦めるなーッ!」
[かなり大きな要因だと思いますが]
「──ちょっと待って」
回想から、ものの数分。なんと、カワイからストップがかかった。
「ケンカしたの?」
「うん、したよ。と言うか、俺が喧嘩を吹っ掛けた感じかな?」
「ケンカしたの?」
[はい、しました。主様が無理難題を理由にいちゃもんを付け始めたので]
カワイは尻尾を垂らし「そっか……」と呟く。それから、力無くコクリと頷いた。『続きをどうぞ』という意味だろう。
とにもかくにも、ひと悶着。俺はゼロ太郎に【愛嬌】を求めたが、具体的な指示がないと動けないゼロ太郎は、俺に【説明】を求めた。
そこで、俺が出した折衷案はとても分かり易いもの。
「──今からゼロ太郎に、俺が持ってるソシャゲとかネトゲとかその他諸々のゲームデータを突っ込む! それを全部、きちんと処理して理解して!」
[──横暴ですね]
そう。膨大なゲームデータから、俺はゼロ太郎に【人間らしさ】を学ばせようとしたのだ!
「で! そこから俺は、ゼロ太郎に膨大な知識を与えたってわけ!」
[そうですね。膨大な偏った知識を押し付けられましたね]
「ほら、今の聞いた? ゼロ太郎が放つこうしたツッコミは、俺が施した教育の賜物ってわけ!」
[私の発言と思い出を、なんでもいい方向に持って行こうとしないでください。明確な苦言ですから]
思い返せば、出会ったばかりの頃はこんなやり取りもできなかったんだよなぁ。感慨深い。
俺とゼロ太郎のやり取りを見て、カワイは顔を上げた。どうやら、ゼロ太郎に用事があるらしい。
「ゼロタローはヒトのこと、好きなんだよね?」
「えっ、そうなのっ? それは初耳っ!」
[人工知能にそういった感情はありません]
「うぐぐぅ~っ!」
まだまだ教育が足りない! 俺の力が及ばないから、ゼロ太郎には感情が芽生えないのか!
隣でカワイが「素直じゃない」と呟いているけど、ゼロ太郎はいつも素直だと思うけどなぁ。……悲しくなるから、この話題はやめよう。
ということで、強引に話題をチェンジだ。
「と言うか、もしかしてカワイって恋バナ好きなの?」
「どうだろう。でも、好きな相手の話をしている時は誰でも楽しそうだから、その空気は好き」
「メチャメチャいい子なんだけど……」
泣きそうだよ。頭上でゼロ太郎が[主様の場合【恋の話】ではなく【変の話】ですよね]とか言っているから、カワイの言葉が余計に沁みる。
俺、カワイを好きになって本当に良かった。心から、そう思うほどに。
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