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分かってはいたつもりだったけど、どうやら分かっていなかったらしい。
自分が今、どれだけ贅沢な状況にいるのかと。俺は、しっかりと理解できていなかったようだ。
好きな子が『おかえり』と言ってくれて、好きな子が俺を労わってくれる。好きな子が俺のために料理を作ってくれて、家事をしてくれて……。
「はい、ヒト。食器と飲み物だよ」
「わ~いっ!」
好きな子が食事のために使う食器を用意してくれて、飲み物まで運んでくれている。
「ホントは今日、デザートを作って待っていようかなって思ってた。だけど材料が足りなくて諦めた」
「そうだったんだね。じゃあ、アイスを買ってきて正解だったかも?」
「うん、嬉しい。だから、明日はボクがデザートを用意するね。腕によりをかけておいしいデザートを作るよ」
「本当っ? わ~いっ、カワイの手作りデザートだぁ~っ!」
好きな子が、食後のデザートまで作ってくれて……。
……って!
「──もっと俺も頑張れよッ! 頑張れよッ、俺ぇッ!」
「──わっ。ビックリしたっ」
尽くされっぷりに気付き、俺は愕然と絶望と悲嘆が同時に襲い掛かって来たような衝撃を受けた。
俺は椅子に座ったまま、両手で頭を掻きむしり始める。勿論カワイは俺の心情も頭の中も分からないので、正面でただオロオロとしていた。そんな姿も、可愛い。
いやしかし、これはかなり危ないのでは? 俺は今さらすぎる気付きに、ひたすら驚愕する。
俺がカワイを好きになる理由は、両手両足の指の数でも足りないくらい沢山あるのだが、その逆はどうだろう? 俺はチラリと、カワイを見る。
「ヒト? どうしたの?」
綺麗な瞳に、可愛い顔。言動もいちいち可愛くて、しかもいい子。
対する俺は、どこにでもいる平凡な青年。特徴的な部分と言えば【悪魔と人間のハーフ】って部分だけど、それがプラスな意味を持つアピールポイントになるとは言えない。と言うか、むしろマイナス寄りな気がする。
ついでに言えば、家事はできないし家では迷惑ばかりかけているし……。平日は帰りがいつも遅くて、家族孝行なんてひとつもできていない。
「ごめんッ! 社畜でごめんッ! 駄目な男でごめんーッ!」
「ゼロタロー、どうしよう。ヒトが変」
[主様が変なのはいつものことですよ]
「それは──……それは、そう」
「フォローしないんかい!」
なんと言うことだ。これでは、カワイと両想いになるなんて【描くことすら烏滸がましい夢のまた夢】というやつではないか!
いやでも、だからと言ってなにができるっ? 今の俺にできることなんて、そんなもの──。……枝豆のミニピザ、おいしそうだなぁ。
……駄目だ、空腹で頭が回っていないぞ。ここは先ず、健康的な青年らしくご飯を食べよう。
頭上からゼロ太郎が[健康的な食事の時間ではありませんがね]と苦言を呈していたけど、まぁそれはそれ。そもそも俺、難しく色々ゴチャゴチャ考えるのに向いてないんだよね。うんうん、仕方ない仕方ない。
と言うことで、ほんのりと湯気を立てている料理をパクリ。
「ん~っ! おいしすぎて、ほっぺが落ちちゃいそうだよ~っ」
「えっ。……えっ?」
「ひゃわい?」
あれ、なぜだろう。カワイが突然椅子から降りて、わざわざ俺に近付いて、俺のほっぺを両手でもにっと持ち上げたぞ。……えっ、なぜ?
まさか、本当に俺のほっぺが落ちると思ったのかな? くぅっ、可愛いじゃないか! またしても惚れ直しをしてしまったぞっ!
料理がおいしくて、優しくて、可愛い。俺はカワイの料理とカワイの魅力をしっかりと噛み締めた。
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