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 ゼロ太郎との会話を楽しみつつ……楽しみ? 楽しんでいた、のか?  ……まぁ、いいや。えぇっと、とにかく! ゼロ太郎との会話を楽しみつつ、食事を進めること数十分。 「ただいま」  カワイがヒョコッと、リビングに姿を現した。  いつもまとまっているけど、今は【濡れている】という理由で、ペタッとしている髪。ほんのり赤くなった顔で、カワイは食事を続ける俺に近付いた。  無論、言うまでも無く……。 「ヒャッホウッ! お風呂上がりのカワイも最高だねっ! テンション爆上がりだよっ! ありがとう~っ!」  俺のテンションはギュンギュンに上がった。それはもう、誰が見ても露骨で分かり易いほどに。  しかしまぁ、これは割と日常茶飯事。当のカワイは「ありがとう」と一言だけの返事。それから、俺の正面にある椅子へと腰を下ろした。 「ふふっ。クールなところも素敵だよ」 [黙って食事をしなさい]  ゼロ太郎に関しては【クール】じゃなくて【ドライ】に見えるけどね! プンプン!  いやまぁ、ゼロ太郎はいつも通りだ。そして、カワイが可愛いのもいつも通り。なんだ、ただの平和か。 「ヒト、おいしい?」  可愛くてさらにいい子なカワイは、珍しく不安そうな声音でそう訊ねる。  もしかして、作ったことがない料理ばかりで味に自信が無いのかな。俺はカワイの不安を拭おうと、笑顔を浮かべる。 「おいしいよ! メチャメチャ大満足だよ!」 「ホント? それなら、いいけど……」  俺に返事をした後、カワイはテーブルに並ぶ食べかけの料理たちを眺めた。 「ひとつひとつ丁寧に作ったつもりだけど、それでも少し時間が足りなくて、味の追及ができていないかも。……変じゃない、かな」  なんということだろう。優しさ所以の不安なんて、いい子どころの話ではなくなってくるじゃないか。 「そもそもボク、人間界の料理を実際に食べた経験が少ない。味見をしても、合っているかが分からない。だから、自信が……」  これは『俺の妻です』と言うのは当然として、その前に笑顔を取り戻さなくては! ふんすふんすと気合いを入れて、俺は落ち込んだ様子のカワイに声を掛けた。 「本当においしいよ! 例えばこの、ひじきと油揚げの煮物とか! まさにおばあちゃんの味って感じ!」 「それ、褒め言葉だよね?」  くっ、外したか! でもカワイ、ごめんよ! 俺、おばあちゃんの手料理って食べたことないんだ! 親戚付き合いゼロだからね! ごめんよっ!  しかし、俺の言いたいことは伝わったのかもしれない。カワイはほんのりと、口角を上げてくれた。 「でもヒトは、いつも嬉しそうに食べてくれるね。今のヒト、すごく幸せそうな顔してる」 「実際に嬉しいし、幸せだからねぇ~」  どうやら俺の【発言】ではなく【態度】から察してくれたようだ。俺が心底喜び、本心からはしゃいでいると。……それはそれで、なんとも気恥ずかしいが。 「良かった。ヒトが幸せだと、ボクも幸せ」  でも、カワイが笑ってくれるならなんでもいい。好きな子が笑顔になってくれるなら、なんだっていいんだ。  俺は堪らずニコニコと笑ってしまい、つられたようにカワイも口角を上げてくれる。ゼロ太郎は[なんなのですか、お二人揃って]なんて呆れたようなことを言いつつ、きっと笑っていることだろう。  なんでもない時間のように思えるが、俺はこんな時間がとても幸せなのだ。

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