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それは帰宅後、すぐのこと。
俺は昨晩とは違う意味で、驚愕していた。
「──ヒト、おっぱい好き?」
「──絶句」
まさか俺の人生、口で『絶句』と言って絶句する日が来るとは。リビングに向かうや否や『おかえり』よりも先に投げられた問いに、俺は言葉を失くした。
……えっ、おっぱい? おっぱいって、あの【おっぱい】だよね? となると、つまり? ……えっ? なにっ?
戸惑い、困惑。絶句する俺を見上げていたカワイが突然、そろっと視線を下に向けた。
その、俯いた顔。目敏い俺は、バッチリ気付いてしまったのだ。
「ヒトは最近、不調。だから、ボク……」
──カワイの顔が、ほんのりと赤らんでいることに。
ま、まさかっ? これは、そういうことなのかいっ? 俺の頭は、グルグルギュルギュルと猛烈なスピードで方程式を立てていく。
ネットで一時期よく見た『大丈夫? おっぱい揉む?』的な! つまり、そういうことを言いたいのかなカワイは!
「連呼するのは恥ずかしい、けど。でも、教えて? ヒトは、おっぱい……好き?」
カワイがものすっごくソワソワしている! 意図はおろか目的もなにも分からないけど、この期待は裏切れない!
ここで引くのは男が廃るだろ、俺! 据え膳食わぬは男の恥ってやつだぞ! 追着陽斗、覚悟を決めろ!
「──す、っ。……好き、か、も……?」
カワイの覚悟を受け止めるのが俺の役目だ。突然舞い降りた年齢制限がかかりそうな展開を、俺はウェルカムした。
「『かも』?」
「うっ! ……す、好き、です」
「なに? 声が小さくて、よく聞こえない」
「~っ! すっ、好きですっ! 追着陽斗はおっぱいが好きですっ!」
なんだこの公開処刑はぁ~ッ! 俺は羞恥心を隠すこともできずに、カワイに求められるがまま、思いの丈を叫んだ。
しかしカワイは、ホッと安堵した様子で一言「良かった」と呟く。どうやら、この答えは大正解だったようだ。俺も俺でホッと安堵してしまう。
……が、安堵をしている場合ではない。
「じゃあ、準備するから少し待ってて」
「ぴょえっ。……ひゃ、ひゃいっ」
だがしかし! いざカワイのおっぱいがやってくるかと思うと、ドキドキと緊張してしまう! こう見えて俺は、交際経験が全く無いのだ! まさに皆無!
だが……だが! 俺はカワイの覚悟や決意を『受け止める』と決めたのだ! 男、追着陽斗はここで引かない!
カワイが望むのなら、揉ませていただこう! カワイがそれ以上を望むのなら、吸ってもいい! 俺は覚悟を決めたぞ! 大丈夫、追着陽斗は行けます!
なんて決意を俺が固める前に、カワイは断りを入れてから台所へと向かったのだが……。えっ、えぇっ? なっ、なにっ? カワイがする【準備】って、いったいなんなのっ?
すぐにカワイは、俺が立ち尽くすリビングへと戻ってくる。どうやらカワイは『準備』と称し、台所からなにかを持ってきたようで──。
「──興味本位で作っちゃった」
「──おっぱいプリン、だね」
引っ張るだけ引っ張って、このオチ。皆様、予想できたでしょうか?
正直に言わせてほしい。……実際のところ、俺は心のどこかでそんな気がしていました、と。
根拠ですか? カワイに対して過保護全開なゼロ太郎さんが、このやり取り中になにも言ってこなかった点、ですかね。
お皿の上でプルプルと揺れているおっぱいプリンというものを見て、俺はガクリと肩を落とした。……カワイはなぜか、照れくさそうにしつつも得意気だったけど。
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