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 普段の不調よりは、断然マシ。今日もきちんと出勤しながら、本当に本心から俺はそう思っていた。  だけどまぁ、結局のところ【不調】という事実は変わらない。俺は別の部署から書類を受け取った帰り道の途中で、フゥと息を吐いた。  さすがに少しだけ、参っているような気もするなぁ。俺は一度、通路の曲がり角で足を止めた。  壁に背を預けて、目を閉じる。もう一度だけ息を吐いてから、俺は気持ちを落ち着けようとした。  運動をしているわけではなく、むしろいつもより体を安静にしつつ仕事をこなしているつもりなのだけれど……。やはりこう、不調が続くと精神的にも弱ってしまう。  病は気から、なんて言葉がある通りだ。気持ちが滅入ると、心なしか体も参っているような気がしてならない。 「少し休んでから、デスクに戻ろう……」  目を閉じたまま呟いて、深呼吸をした。スマホ──もとい、ゼロ太郎はデスクの上に置いてきてしまったのだ。今くらい、ほんのりと弱音を吐かせていただこう。すぐに、いつもの俺に戻るから。  なんてことを誰に言うでもなく考えていると、俺が休んでいる場所へと近付く足音が聞こえて──。 「──まさに絶不調でございますね」 「──君もジャブを入れない系の会話が好きなのかな、草原君?」  草原君が現れた。それはもう、ひょっこりと。まるで俺がここで立ち止まっていることを知っていたかのような登場だ。  特にもったいぶった様子も無く、さも当然とでも言いたげに。姿を見せた草原君は、どこかわざとらしく手を『ポン』と叩いて見せた。 「なるほど、ジャブでございますか。……こほんっ。こんにちは、追着様。本日は晴天、雲ひとつ無い青空でございますね。ところで『青空』と言えば、追着様は竹力様が本日お召しになっている下着の色はご存知でございましょうか? なんと、この空のように爽やかな青色でございます。これはまさに、竹力様の心の爽やかさを見事に表したベストな選択──」 「──ゼロ太郎と同じく話題選びがヘタだよもうっ!」  あと月君に申し訳ないよ! 月君ごめんねっ! 勝手に君の下着の色を知ってしまった! 本当にごめん! お詫びに後で俺の下着の色を教えるから! ……いやそれはなんか違う! ドン引きされる未来が見えたよ!  内心、困惑のグッチャグチャ。心を落ち着けるためにしたはずの深呼吸が無駄打ちになるほど、草原君はあっさりと俺の心を掻き乱した。  が、本人は無自覚らしい。普段と同じく表情はあまり変えず、しかし動きや言葉で『達成感』と表していた。 「さて、ジャブは完璧でございますね。それでは、ストレートをかましてもよろしいでございますか?」 「あ、うん。もう、好きにして……」 「──僕の体液を舐めるのはいかがでございましょうか?」 「──オォーイッ! それはもうストレートじゃなくてタックルだよッ!」  なんでっ、どうしてっ? カワイが特殊なのかと思っていたけど、もしかしてこれが悪魔のデフォルトッ? ゼロ太郎っ、教えて! ……あっ、今ゼロ太郎は近くにいないんだった!  強烈な、タックル。精神的に重たい一撃を食らった俺は、不調とは別の理由でヨロリと体を揺らめかせてしまう。  そんな俺を見て、当の草原君は「大丈夫でございますか?」やら「ちなみに、僕の体液は竹力様以外に舐めさせる予定はございません」と言っている。 「あの、草原君」 「はい」 「ちょっと、今日はトンデモ会話を封印してくれないかな……」 「そのようなものを展開した記憶も自覚もございませんが、承知いたしましたでございます」  大丈夫かな。主に、俺の体力が。俺は草原君に手の平を向けてお願いを告げた後、もう一度だけ瞳を閉じた。

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