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 草原君とちょこっと会話をしただけなのに、この疲労感。俺はぐったりとした様子を隠そうともせずに、壁へもたれかかり続けた。 「やはり、絶不調のようでございますね。無理もございませんが」 「いやこれ、君のせいなんだけど」 「純正悪魔の中にも、程度が低い者は人間界で不調を起こすのでございます。それほどまでに、この人間界は魔力濃度が薄いのでございます」 「あっ、スルーの方向なんだね。まぁ、いいけどさ……」  仕方ない。草原君との会話に応じよう。俺は覚悟を決めて、草原君を見た。  えぇっと、なんだっけ。人間界の魔力濃度? 確か、カワイやゼロ太郎も同じことを言っていたような……。  悪魔との混血ではあるけど、俺は実際に魔界を体感したことがない。だから『そうなんだ』としか思えないけど、ヤッパリ事実なんだね。  しかし、いざ『人間界は魔力が少ないよ』と言われても、ピンとこない。これが俺にとっての普通だし、悲しいことにこの不調だって、俺にとっては普通のことだから。  でもきっと、違う。草原君はそういう【日常か非日常か】って話をしたくて、こうして俺を見つけたわけじゃない。 「つまり、草原君は俺を慰めてくれているってことかな?」  きっと、こういうことだ。恥ずかしながら、そんな自信じみたものがあった。  だけど、草原君の答えは違ったのだ。 「『慰め』? とんでもございません。これは【進言】です」  ……進言? って、いったいなんの?  俺が戸惑うと、ほぼ同時。草原君は俺の顔をジッと見つめて、そのままサラリと告げたのだ。 「──追着陽斗。きみは、人間界で暮らすのに向いていない。疾く、魔界に越すべきだ」 「──っ」  いつもと同じ、声。いつもと同じ、無表情。  だけど、いつもとは違う。なんだかまるで、今の草原君は【俺の後輩】ではなくて……。 「……えっ、驚いちゃった。それ、君の素の話し方?」  誤魔化すように。それでいて自分を落ち着かせるために、俺は草原君にそんな返事をした。  草原君は俺の顔をジッと真っ直ぐに見つめたまま、ほんのりと詰めていた距離をすぐさま開く。 「さて、なんのことでございましょう。僕は丁寧口調で物腰柔らか、穏やか健やかまろやかな悪魔でございますよ」 「まろやかは、なんか違う……」  意外なことに、草原君はさっきの態度を隠そうとした。  ……いや、違う。隠そうとしたんじゃない。 「どうして君は、こんなに俺のことを気に掛けてくれるの?」  草原君は、二度も同じことを言うつもりがないのだろう。  マンションへの引っ越しを勧めてくれたのも、そうだった。草原君はいつも、なにかあると俺に【進言】してくれたのだ。  その、理由。俺には分からないものを、草原君に訊ねる。 「それは……」  草原君は一度、口を開いた。だけど閉じて、俺から視線を外す。  それからもう一度、草原君は俺を見てくれたけど……。 「秘密でございます」  いつもの、ミステリアスな態度。さっきの冷徹な草原君は、いなくなっていた。  だったら俺も、その態度に便乗させてもらおう。優しさを向けてもらったとしても、生憎だけど俺はマンションへの引っ越しと同じテンションで魔界への移住を考えたくないからね。  ということで、俺が取るべき態度は【普段通り】となる。 「えぇ~……。草原君も月君と同じで、俺との友好度が低いってこと?」 「なんと、竹力様とお揃いでございますか。それは嬉しい評価でございますね、もっと言われたいでございます。カム、カム」 「今日は君のテンションについていけないよ……」  そのせいで、またどっと疲れた気がするけど。でも、草原君に悪意は微塵も無いからね。うん、うん。

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