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俺の【不調】について、軽い振り返りをさせてほしい。
先ず、いつも『気怠いな』という感情から始まる。人間が発症する発熱だとか寒気だとか、そういうものとは違う気怠さ。それが、始まり。
そこから、異常なほどの食欲増進。それは【空腹】と言うよりも【胃の渇き】とでも言うべきか……。食べても食べても満たされないこの衝動は、まさに【渇望】だった。
それから、どんどん体調は悪くなっていく。妙に疲れやすくなったり、なにをしているわけでもないのにフラッと眩暈がしたり……。徐々に、調子が悪くなっていくのだ。
そこに追い打ちでもかけるかのように、俺の【不調】が進んでいくと──。
「ヒト、どうかした?」
「えっ。……な、なんでっ?」
夕食の時間。俺を見つめるカワイからの問いに、ビクリと体を強張らせてしまった。
少し、ぼんやりしていたかもしれない。もしかすると、食事の手が止まっていたのかも。俺は慌てて、笑顔を浮かべてカワイを見た。
だけど、カワイが抱いた疑問はそういうことじゃなかったらしい。
「いつもはご飯を、おいしそうに食べてくれる。だけど今日は、嬉しくなさそう。……おいしく、ない?」
「そんなこと──……え、っと」
嘘は、吐けない。それは【可能か否か】という意味ではなく、カワイに対して誠実でいたいからだ。
嘘は吐けない。……吐きたく、なかった。だから俺は、カワイに向けていた笑顔を剥がす。
俺の【不調】が、そのままどんどん進んでいくと。俺は、ついに……。
「──ごめん、カワイ。今は俺、なんの味も感じてなくて……」
なにを食べても【味】がしなくなるのだ。
まるで、食事が食事としての意味を為していないかのように。体に魔力を流し込むだけの動作と成り果てるかのように、どんどん味がしなくなっていく。
だけど、食べなくてはいけない。それは【残してしまうのが申し訳ない】なんて理由からじゃなくて、文字通り【食べないといけないから】だ。
食べ物からじゃないと、エネルギーを補給できない。だから俺は、味がしなくても食べるしかないんだ。
「ヒト……」
きっとそれは、カワイも分かっているのだろう。だからこそ、優しいカワイは俺にかけるべき言葉が分からないのだ。
嗚呼、悔しい。俺は堪らず、奥歯を噛む。
ただ生きていくだけなのに、どうして俺は好きな子の表情を曇らせてしまうのだろう。俺は慌てて、笑顔を取り繕った。
「でもね、食感は分かるよ。温度とか、舌触りとか。そういうのは分かる」
「ヒト……」
「だから、嫌なわけじゃないよ。味は感じないけど、それでも俺は【カワイとゼロ太郎が作ってくれたご飯】が大好きだよ」
「……うん」
カワイはどこか悲しそうな表情をしていたけど、すぐに笑顔を浮かべてくれる。
「ありがとう、ヒト。それと、ごめんね。ヒトの方が苦しいのに、ボクが落ち込んだような態度を見せちゃって」
「全然いいんだよ。むしろ、いつも明るくいようとしてくれてありがとう」
こんな時なのに、ヤッパリ思ってしまう。『俺は、カワイが好きだな』tって。
「カワイが普段通りでいてくれることが、俺にとって一番の救いだよ。本当に、ありがとう」
カワイはもう一度「うん」と言ってくれた。口角をほんのりと上げて、微笑みを浮かべながら。
そうだ。まだ、俺は元気いっぱいだぞ。味がしなくたって、カワイとゼロ太郎の愛情たっぷりな料理の質が損なわれるわけがない。
だから俺は、幸せなのだ。本心からそう思いながら、俺は今日もカワイとゼロ太郎が用意してくれた沢山の料理を完食した。
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