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 母親の言葉が、感情を大きく揺さぶった。  まるでそれが合図かのように、俺は飛び起きる。 「──ッ、はっ! ゲホッ、ゴホッ!」  ここがどこなのかとか、カワイと大家さんに謝らなくてはとか。そんな当然のことを考える余裕も与えないほどの、強い焦燥感。  俺は飛び起きると同時に、その場で激しく咳き込んでしまった。呼吸が、うまくできないのだ。  怖い。怖い、怖い、堪らなく怖くて、怖くて……ッ! 俺の感情は、焦りや恐怖に完全掌握されてしまった。  こんなに苦しいなら、自ら命を絶ってしまえばいい。だけど、それはできない。そんなことをしてしまったら、まるで母親に──あの人に、俺の命を背負わせてしまうような気がしたから。  俺は、生きなくちゃいけない。生きて、生きて、生きて生きて、生きて──。  ……足りない。魔力が、足りないんだ。俺は乱れた呼吸を整えることもできないまま、必死に考える。  魔力が不足していては、生きていけない。早く、早く魔力を補給しなくては。焦った俺は、なんとか魔力補給に使えそうなものを探して──。 「──あっ、ヒト。目、覚めたんだね」  俺の名を呼ぶ存在に、気付いた。  ……カワイ、か? やって来た相手──カワイという悪魔を見て、俺はハッとした。  ……そう、か。そうだ、そうすればいいんだ。これが【最悪最低な思考】だと唱える者は、残念ながらいなかった。 『──じゃあ応急処置として、ボクの体液舐める? 魔力濃度百パーセントだよ』  ──この子の魔力を、奪えばいいんだ。俺は即座に、そう考えてしまった。  気付けば俺は、近寄ってきたカワイの腕を強引に引いてしまっていたらしい。そのままカワイを、ベッドに押さえつけた。  それから俺は、確実に【今】ではない単語をカワイに告げる。 「──カワイ、好きだよ」  数回の、瞬き。それからカワイは珍しく、分かり易すぎるくらいポポッと顔を赤らめた。 「えっ? ヒト、今……?」 「好きだよ、カワイ。好きだよ、大好き、大好きだよ」 「……ヒト?」 「だから、いいよね……ッ?」  俺の様子が、なにかおかしい。カワイは赤い顔のまま、そう感じたことだろう。  だけど俺は、止まらなかった。カワイに【拒絶】という意思を生ませる前に、動かなくてはいけなかったからだ。  ──俺はすぐさま、カワイの首に噛みついた。カワイの血から、魔力を奪うために。  勿論、カワイはすぐに身じろぐ。痛みに顔を歪めて、俺から距離を取ろうと暴れ始めた。 「いたっ! やめて、待って! 痛いよ、変だよっ、ヒトっ!」 「好きだよ、カワイ。だから、カワイは俺を捨てたりしないよね? カワイは俺を嫌ったりしないよねっ?」 「ヒト──」 「──カワイはッ! カワイは俺を置いてどこかに行ったりしないよねッ!」  不意に、思い返す。俺に起こる【不調】が、いつも俺にどんな時間を与えるのか。  気怠さ、食欲増進、魔力の渇望、体調の悪化、そして……。 「……ごめん。ごめん、ごめんね。ごめん、ごめん……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」  まさにこれが、俺に起こる【不調】の最終地点。 「──生まれてきて、ごめんなさい……ッ!」  心が、どうにかなってしまうのだ。自分自身が【存在している事実】すら、受け止めきれないほどに。  大粒の涙を零す俺を、カワイはどう思ったのだろう。感情を外に吐き出すことで一生懸命な俺の瞳には、カワイ一人を映すことすらできなかった。

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