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自分の醜い嗚咽と、浅ましい謝罪だけが部屋に響く。
ゼロ太郎は、なにも言わない。こうなった俺に、ゼロ太郎はいつもなにも言えなかった。
そしてカワイも、なにも言えな──。
「──ヒト、ボクを見て」
……俺を、呼んだのか? 俺がそう、気付いた時。
カワイは俺を呼んで、あろうことか俺の両頬をガッシリと両手で掴んだ。そして、強引に俺の目線をカワイの顔に合わせたではないか。
いったい、どういうことだろう。俺は涙を溢れさせながら、ただただ、カワイを見ることしかできない。
「ボクはヒトを嫌いにならないよ。捨てたりないし、ヒトを置いてどこかに行ったりもしない」
「カ、ワイ……ッ?」
「ボクだけじゃない。ゼロタローだっているよ。ボクもゼロタローも、ヒトが大好きだよ。だから」
「……だか、ら?」
潤んで滲んで歪んだ視界で、俺はようやく捉えた。
俺を見上げて微笑む、カワイの顔を。そして、カワイの顔が近付いて……。
「──『生まれてきてごめんなさい』なんて、言わないで。ボクは、ヒトが生まれてきてくれて嬉しいんだから」
「──っ!」
──キスを、された。
……キス? なんで? なんで、キスをされたんだ? 俺の頭は、グチャグチャと混乱し始める。
だって俺は、カワイの首に噛みついたんだ。カワイに傷をつけて、それで、カワイの善意を裏切った。だから、俺は……ッ。
……なんで。
「大丈夫だよ、ヒト。大丈夫だからね」
首から血を滲ませているのに、どうして。
「ヒトが生きていくことに疲れて、もう立ち直れないって状態になったら……」
「……なっ、たら?」
カワイはどうして、笑いながら。
「──ボクと心中しよう?」
可憐な笑みを浮かべながら、こんなことが言えるのだろう。
冗談、なのかな。……いいや。カワイはこんな冗談を言う子じゃない。
じゃあつまり、今の言葉は? ……本気、なのか?
「……本当に?」
俺はカワイの気持ちを確かめるために、訊ねた。カワイは迷うことなく、素直に頷いている。
「そっか……。そう、なんだ」
瞳を閉じて、カワイの言動を受け止めて。俺は一度、深呼吸をした。
それから、瞳を開けて……。
「──ありがとう。おかげで、俺の命に意味ができた。カワイの命を背負わせてくれて、ありがとう」
自分一人の命なら、いつかきっと簡単に捨てられた。
でも、カワイは駄目だ。カワイには生きて、そして、笑っていてほしいから。
俺の言葉を受け止めて、カワイはもう一度笑ってくれた。
「ヒトなら、そう言うと思ったよ」
その笑顔が、あまりに眩しかったから。俺は堪らず、瞳を閉じた。
なのに、どうしてだろう。まるで、閉じられた目蓋を押しのけるかのように──。
「カワイ、カワイ……っ」
──なんで俺は、涙を溢れさせているのだろう。
違うだろ。馬鹿か、俺は。俺がカワイを傷つけたんだから、俺には泣いていい権利なんてないだろ。
泣いていい権利なんか、無いはず、なのに。
──カワイは、言わない。『泣いちゃダメ』って、言わないんだ。
……いい、の、かな。俺は──……俺も。俺も、泣いていいのかな?
人間じゃ、ない。悪魔でもない、こんな、中途半端な俺も。
「うっ、う、あ……うぅ、あっ、ぁ……ッ」
泣いても、いいのだろうか。
まるで『泣いてもいいよ』と言ってくれているかのように、カワイは泣きじゃくる俺を抱き締めてくれた。
「大丈夫だよ。ボクは、ヒトが大好きだよ」
そして何度も、優しい言葉を贈ってくれたのだ。
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