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そんなこんなで、あの【不調】から数日が経った。
体調は万全に戻り、仕事の作業効率も上々。数日前の絶不調が嘘のように、俺はいつも通りの日常を過ごしていた。
ちなみにカワイも、今の俺を見てすっかり安心してくれたらしい。
「もう、すっかり元気だね。良かった」
「うんっ! おかげさまで元気いっぱいだよっ! なんだったら、ベッドの上で証明しても──」
[──あァ?]
「──ひえっ。ゼロ太郎にここまで凄まれたの、さすがに初めて……」
こんなやり取りができるくらい、俺の日常はいつも通りに戻ったのだ。
だけど俺はまだ、大事な話をカワイにできていなかった。……そう。
「あー、のさ、カワイ。今さらなんだけど、その……。……首の傷は、もう平気?」
カワイに付けてしまった、首の傷だ。
俺はカワイに、力いっぱい噛みついてしまった。そこに『傷を付ける』という意思が無かったとしても、俺がしたことは結果的にカワイへの暴力だ。言い逃れる気は無い。
俺はカワイの目を見られないまま、俯いて訊ねる。カワイを直視する勇気が、情けないことに俺には無かった。
どれだけ、カワイの返事がサッパリしていても。
「うん。翌朝にはスッキリ」
それでも俺は、顔が上げられない。
確かに、次の日の朝にはカワイの首から傷なんて綺麗サッパリ消えていた。さすが、純正悪魔。俺も傷の治りは早いけど、カワイの傷が癒える速度には敵わない。
俺はただ、俯いて「ごめん……」と言う。外傷は消えたとしても、カワイを傷つけた事実は消えたりしないのだから。
それでも、きちんと謝りたいと思ったのは事実。俺は顔を上げて、カワイを見た。
「カワイ。本当に、ごめんね」
「うん。それと、ボクもごめん。ボクが前に『体液を舐める?』なんて言ったから、ヒトも魔が差しちゃったよね。惑わせて、ごめんね」
「えっ! なっ、なんでカワイが謝るのっ? それは違うでしょ!」
「違わないよ。だって、ヒトが加害者ならボクだって加害者だよ」
カワイの主張が、よく分からない。俺のそんな気持ちが、態度からカワイに伝わったらしい。
「あのね、ヒト。ボクには、ヒトを正しい方向に引っ張っていくことはできない。そんなもの、ボクには分からないから。だからヒトが間違えたように、ボクもきっとヒトに間違ったことをしてしまったと思う」
パタパタと、カワイが履いているスリッパが床を蹴る音が聞こえる。それはカワイが、俺に近付いてくれているという意味の音。
カワイは、俺が着ているスーツの裾を掴んだ。そして俺を見上げて、カワイは……。
「──でも、ボクたちはそれでも【一緒にいる】ことはできるよね? だって、ボクたちは家族だもん」
小さく、微笑んだ。可憐で、柔らかい微笑みを見せてくれた。
「……ヤッパリ、カワイには敵わないな。なんだか、気が抜けちゃったよ」
「毎日ゼロタローに仕込まれているからね。ヒトの扱いは上手だよ、ボク」
「だねっ」
全く、敵いそうにない。だけどそれが、嫌じゃないんだ。
俺は近付いたカワイの頭を撫でて、笑顔を返した。どこか得意気な様子で笑う、可愛いカワイをしっかりと見つめながら。
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