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7.5章【未熟な人工知能のメモリーです(ゼロ太郎視点)】 1
主人という存在が、登録された。それが私の起動──つまり、目覚めだ。
我々、人工知能の役目。どうやらそれは、自らが搭載された部屋に居住する相手──つまり【主人】の生活水準を上げること。
そのために、私たち人工知能が最初に与えられる情報は【主人の詳細な個人情報】だ。必要最低限のプロフィールは言うまでも無く、主人自らが記入した自己分析。それらを基に、私は【主人が望む私】に進化していく。
それが、このマンションに搭載された人工知能の使命。それが、人工知能の唯一にして絶対の存在意義。それだけが、私という人工知能のやるべきこと。
[早速の質問で、大変恐縮です。追着陽斗様が契約書の備考欄に書かれた希望についてですが、よろしいでしょうか]
だからこそ私は自らのレゾンデートルを明確にすべく、登録された主人──追着陽斗様に、より具体的な【理想の私】を訊ねた。
「いいよいいよ、なんでもどうぞぉ~」
[痛み入ります。追着陽斗様は私に【家族】という関係性を希望されていると書かれていたのですが、具体的にどうしてほしいのでしょうか]
追着陽斗という、青年。彼が私の主人だ。
顔色が悪く、痩せ気味。出会ったばかりの彼を一言で形容するのなら【不健康】という単語がピッタリと当てはまる。
そんな彼は、私の質問を受けて腕を組んだ後、室内をウロウロと歩き回り始めた。
「うぅ~ん? 他愛もない話をしたり、その日あった出来事を報告したり、ボケとツッコミができたり……。そういう、家族っぽいやり取りができる関係性になってほしいかな」
[申し訳ございません。指示を明確にお願いいたします]
「だよね。うーん、どうしようかなぁ……」
彼は同じところをグルグルと歩き回りながら、眉を寄せている。
自ら【家族】と記入したはずなのに、歯切れが悪い。しかし、己の考えを明かすことへの羞恥心が理由ではなさそうだ。それは、心拍数や表情筋の動きを解析すると分かる。
ならばなぜ、彼はこんなにも【家族】という問いに対して歯切れが悪いのか。その理由を私が問う前に、彼はすぐに明かしてくれた。
「実は、俺も【普通の家族】ってものがなんなのか、よく知らないんだよ。だからこれから、ゼロ太郎と作っていけたらいいなって思ってる」
[追着陽斗様が仰った『ゼロ太郎』とは、私のことですか]
「うん、そうだよっ。君の名前だねっ」
固有名詞について、私はそれ以上訊ねない。主がそう呼びたいのであれば、受け入れるだけだからだ。
しかし、彼の口ぶりはどこかおかしい。なぜ、普通の生活をしてきたはずの青年が【普通の家族】を知らないのだろう。
その疑問の答えは、彼が自らの手で記入した【プロフィール】が答えだった。
「これ、見える? 背中にさ、変な模様が入ってるでしょ」
彼はそう言い、背中にある【模様】を見せるために、服を捲る。
刺青とは、違う。使われている材料が、刺青とは確実に異なっていた。
しかし、痣でもない。彼が見せた【模様】からは、数値化できない妙なデータが組み込まれていた。
「これが、悪魔の血が流れている証だよ。契約書に書いた通り、俺が悪魔と人間のハーフだって言える【証拠】だね」
数値化できない理由に、合点がいく。さすがのオーナー──糸場エツ様でも、悪魔に関するデータを持っていないからだ。
すぐに私は、学習する。彼が纏うデータがところどころ数値化できない理由を理解し、順応するために。
彼が明かす、身の上話。彼が生まれると同時に、彼の母親は最愛の男から捨てられた。その怒りや悲哀を一身にぶつけられていた彼の【家族】の話だ。
なるほど。すぐに私は、彼の発言を理解した。
彼の身の上話を聴けば、推測できる。彼がどうして、家族というものをうまく説明できないのかが。
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