213 / 316
7.5 : 5
不可解な散髪を終えてから、私は彼が求めた【家族】について、もう一度初めから演算をし直した。
解析するよう渡されたゲームデータをもう一度読み取り、私の中でまとめる。そして、彼が私以外に向ける言動を注意深く聞き取った。
そこで私は、ひとつの事実に気付いたのだ。
[──追着陽斗様は、この部屋にご友人は招かれないのですか]
この部屋で、彼とオーナー以外の人物を見たことが無い。……という、初歩的すぎる事実に。
[私には【スリープモード】がございます。希望していただければ、ご来客時には一音も発さないよう対応できます]
主人の生活をサポートするはずの存在が、まさか彼を恐縮させてしまっているのか。だから彼は、友人を部屋に招かないのかもしれない。そう推測し、私は彼に訊ねたのだ。
しかし彼は、私の質問を受けて大層驚いた様子を見せた。
「もしかして、ゼロ太郎がいるから部屋に誰も招かないって思ってる?」
[はい]
「違うよ、違う。俺、友達がいないんだよ」
彼のあっけらかんとした返事を、私はすぐさま【虚偽】と決めつける。
[私は追着陽斗様のスマートフォンと同期しているので、連絡先の数を存じています。連絡先の量は、潤沢かと]
「そりゃあ、社会人だからね。上司とか、同期とか後輩とか……最低限のコミュニティには入っておかないと」
ネクタイを締めながら、彼は続けた。
「だけど、友達はいないよ。だって俺、悪魔でもなければ人間でもないもん」
[接続詞の意味が分かりません。なぜ、悪魔と人間の混血だと友人がいないのですか]
「どっちつかずだから、どっちと仲良くしていいのか分からないんだよ。だから、仕事で関わる以上の関係性を築くのは……うん。俺には、難しいかな」
[『難しい』ですか]
彼の言葉を反芻して、私は思わず呟いてしまった。
……きっと、これが【私】の始まりだったのだろう。今になって、ようやくそう思える。
[──人工知能と家族になろうと努力なさっているのに、ですか]
「──っ!」
しまった、と。そう気付いた時には、遅かった。
あろうことか私は、主人の主張を否定してしまったのだ。生まれてから彼が悩み続けていたデリケートな部分に土足で踏み込んだ挙句、彼が作り上げた概念を壊そうとした。
即座に私は、謝罪を考える。しかし、その機会は瞬時に奪われた。
「……あははっ、参った! 完全に一本取られちゃったなぁ~っ」
彼が、笑ったからだ。
一瞬だけ、私は呆気にとられる。まさか【笑顔が返ってくる】なんて、そんなことが起こるとは欠片も想定できなかったからだ。
「そうだよね。種族を気にされたくないくせに、人一倍【種族】ってものに固執していたのは俺だ。……あーあっ。気付かされちゃったなぁ~」
発言を文字として可視化すると、受ける印象は【悲哀】だった。それなのに、身支度を終えた彼は心底嬉しそうに笑っている。
彼の笑顔に不意を突かれた私は、失われかけた機会──【謝罪】を選択した。
[申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げてしまったようですね]
「いいや、全然。むしろ、大事なことに気付かせてくれてありがとうっ」
それでも彼は、嬉しそうに笑う。どこまでも愉快そうに、笑ったのだ。
ともだちにシェアしよう!

