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あの日の願いがどこかのなにかに届いたのかは、非科学的な存在を信じない私には分かりません。
ですがきっと、最低限の部分は聞き遂げられたのでしょう。懐かしいメモリーを再生し終えた私は、今現在の生活を眺めてそう思いました。
[主様]
「ん? どうしたの、ゼロ太郎?」
相変わらず間抜けな主様は、今日もガツガツと朝食を取っています。まったく、カワイ君が一生懸命作った料理なのですから、もっと丁寧に扱っていただきたいものですけどね。
……まぁ、良いでしょう。食欲があるのは悪いことではありませんからね。そこは黙っておきましょう。
ですが……。
[口許にソースがついています。カワイ君の教育に悪いので、即刻お拭きください]
「そこまで言うっ?」
せめて、見目にはもう少し気を遣っていただきたいものです。ピシャリと主様を叱責し、私は溜め息を吐きました。
するとすぐに、カワイ君は椅子から立ち上がります。
「ヒト、大丈夫だよ。ボクが拭くから」
「いいのっ? わぁ~いっ、棚ぼた展開だ~っ」
朝からなんと情けない顔でしょう。カワイ君が嬉しそうに尻尾を振っていなかったら、部屋一面に三桁の数字を表示していたところですよ。
ちなみに本日は、主様が初めてカワイ君に【不調の終わり】を見られて数日後です。
だからきっと、カワイ君は主様を心配しているのでしょう。
「……ヒト」
「うん? どうかした?」
「ギュッ」
「ほわわっ!」
最近はよく、こうしてスキンシップを取るように──……いえ、それは以前からでしたね。
突然カワイ君から抱擁を送られた主様は、面白いほどにピシーッと体を硬直させています。両手をワナワナと震わせて『これは抱き締め返してもいいのかっ? いいのかなっ? 教えてゼロ太郎~っ!』となっていました。……勿論、私はなにも言いませんが。
ですが、主様は分かっています。この抱擁が【愛情】以外の気持ちも込められている、と。
だから主様は、そっとカワイ君の体を抱き締めたのでしょう。こんな言葉を、囁きながら。
「……ありがとう、カワイ」
もう彼は、悪夢に魘されないでしょうか。
……否。魘されたって、彼はもう大丈夫ですね。
「あったかいね。カワイも、ゼロ太郎も。俺にはもったいないくらい、あったかいよ」
彼は【愛される温もり】を知ったのです。私では与え切れないものを、天使ではなく悪魔から貰ったのですから。
私にとって、主様はかけがえのない存在です。それは認めます。私は存外、素直な人工知能ですからね。
ですが私は、分を弁えています。なので、できないことを嘆くような真似はしません。
だとしても、私は主様のそばを離れるつもりはありませんよ。主様が引っ越しを検討するのなら、そう思った根拠そのものを打ち砕く程度には離れるつもりがありません。
私をこうしたのは、主様なのです。主様が望んで、私をこうしたのですから。だから私は、とことん主様に尽くすのみです。……当然でしょう?
……まぁ、それはそれとして。
[どさくさ紛れにカワイ君の体にベタベタと執拗に触るのは看過できません。通報いたしますよ]
「今メチャクチャいい雰囲気だったじゃん! 家族の触れ合いくらい看過してよぉ~っ!」
今日も今日とて、主様の望む【私】でいなくては。ビャッと泣く主様に冷酷な言葉を浴びせながら、私は今日も【私】を見せました。
存外、私自身も嫌いではない【私】を。
7.5章【未熟な人工知能のメモリーです】 了
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