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気を緩めつつ、張り詰めつつ。なんだか情緒がグッチャグチャになってしまいそうな中、俺たちはカワイとゼロ太郎が作ってくれた料理を平らげた。
「ミルクティーのゼリー、初めて食べたッスけどメチャクチャウマかったッス!」
「ほど良い甘さでございましたね。今週の疲れを全て包んで癒してくれるような、そんな優しさを感じたでございます」
二人も、カワイとゼロ太郎の料理を大絶賛。料理に全く携わっていない身ではあるものの、嬉しくなってしまうではないか。思わず鼻の頭を掻いて「へへっ」とか言っちゃうよ。
しかし、なんとか無事に乗り切れたようだ。その後もちょいちょい怪しい場面はあったものの、カワイの耳を塞いで回避できたのだから。
結果的に見ると、そうだね。……うん。とても、楽しかった。食卓テーブルを拭きながら、俺は思わずニコニコしてしまう。
すると食器の後片付けを手伝ってくれていた月君が、ほんのりと申し訳なさそうな表情を浮かべたではないか。
「だいぶ長居しちゃったッスけど、大丈夫でしたか?」
「うん、俺たちは全然平気だよ。二人こそ、明日の予定とかに響かない?」
「そうでございますね。明日は竹力様と会う予定ではございますが、時刻は午後からでございますので影響は無いでございますね」
「無いだろそんな予定」
カワイは「兄、相変わらず」と言っている。そっか、草原君って魔界在住の頃からこんな感じの子なんだね。周りにいた悪魔の苦労が目に浮かぶよ。
そこでポンと、ゼロ太郎の声が響いた。
[今日は遅いので、タクシーを呼びました。十分後に到着する予定です]
「わっ、ごめんねゼロ太郎! そういうの、俺が用意するべきなのにっ」
[領収書は【追着】で切ってください]
「うんそれも俺のセリフだね!」
月君と草原君はゼロ太郎に感動しているのか、感嘆の声を上げながら天井に向けて拍手をしている。うぐぐっ、ゼロ太郎に苦言を呈し難いじゃないか。
最後まで和気あいあいと過ごしつつ、後片付けを終えてから月君と草原君は帰り支度を始めた。俺もタクシーに乗るまで見送ろうと、外に出る準備をする。
「カワイは? 一緒に出る?」
「ボクはいい。三人で行ってらっしゃい」
これは……拒絶じゃなくて、気遣いかな。解散する時は職場の同僚同士で、みたいな気遣いだろう。
「じゃあ、お留守番お願いね?」
「うん、お願いされる。行ってらっしゃい」
カワイの頭を撫でた後、俺は月君と草原君と一緒にマンションの外に向かった。
秋の終わりだな、なんて思っていたけど。どちらかと言うなら、今は冬の始まりかもしれない。澄んだ空気を感じながら、俺はそんなことを考える。
「タクシーが着てるかどうか、ちょっと道路の方まで見てくるッスね!」
マンションから出るや否や、月君がピュンッと道路まで走っていってしまった。隣で草原君が「お犬様のようで愛らしいでございます」なんて言っているけど、ちょっと分かるかも。
すると不意に、草原君が俺を見上げて声を掛けた。
「あぁ、そうでございました。帰る前に、追着様にアドバイスを」
「そう言えば、今日はそんな設定で部屋に招いたんだったっけ。すっかり忘れちゃっていたよっ」
「笑顔で言われますと、なかなかどうして返すべき言葉が出てこないものでございますね」
ドタバタで忘れかけていたけど、今日二人が部屋に来てくれたのは俺の恋愛をどうこうする~……みたいな名目だったね。いやはや、失念。
草原君は不服そうな態度を見せつつ、やはりいつも通りの無表情だ。
「それでは、僭越ながら。アドバイスをひとつ」
「あー、うん。ありがたく頂戴しようかな、うん」
うぅ~ん……。俺を思って言ってくれるんだろうけど、草原君の恋愛観って結構特殊だからなぁ~。ここはひとつ、近所迷惑にならない程度の声量でツッコミを入れる準備を──。
「──追着様はもう少し、自分の欲望に我が儘になった方がよろしいでございますよ」
草原君が俺に【アドバイス】を伝えた時。
「……えっ?」
やけに冷たい風が、俺たちの頬を撫でて行った。
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