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……え、っと。俺は草原君に返すべき言葉が、咄嗟には思いつかなかった。
だってまさか、そんな言葉を告げられるなんて。欠片も予測していなかった【アドバイス】に、俺は面食らってしまった。
「えぇっと……ごめんね、草原君。俺はてっきり、いつものトンチキ発言をされるものだとばかり……」
「心外な評価でございますね。この場に竹力様が不在でございましたら、電流ビリビリの刑を執行するところでございましたよ」
「ゼロ太郎だけじゃなく草原君もそんなことできるのっ!」
意味がないとしても、俺は思わず頭を両腕でガードしてしまう。草原君はわざとなのか、尻尾を上下に振っていた。おそらく『立腹でございます』という意味だろう。分かり難いけど、分かり易い。
……でも、ようやく分かった。俺がいったい、なににビビっているのかってことに。
「僕が追着様をこちらのマンションに越させた理由は、体調面だけが理由ではなかったのでございますが……伝わっていなかったようでございますね」
さっきとは違う意味で、返す言葉が出てこない。草原君の善意や優しさを、表面的にしか受け取れていなかったと痛感したからだ。
俺に、足りていないもの。それが、なんなのか。ゼロ太郎は『覚悟』と言ってくれたけど、その言い方はなんて優しかったのだろう。今になって、そんなことにも気付けていなかったのかと理解する。
もっと直接的な言葉を、草原君はくれた。だから俺は、やっと分かったのだ。
──俺は、ビビっている。俺が【カワイを縛ってしまうこと】に、ビビっているのだ。
どうしてビビっているのかって理由は今、分かった。俺が自分に自信が無くて、俺が俺自身に価値を見出せていないからだ。だから、無意識のうちに『俺なんか』と考えてしまう。
自分の欲求を、堂々と示せない。だけど手放すこともできない、中途半端。だから俺は、ずっとずっと同じところをグルグルしているのだ。
「僕は恋のキューピットではございません。なので、このようなアドバイスしかできないのでございます。……ですが、充分でございましょう?」
「……うん、そうだね。充分すぎる、かな」
ようやく分かった。ゼロ太郎が言っていた『覚悟』って、こういうことなんだ。
大好きなあの子を、縛り付ける。大切なあの子を、閉じ込めてしまう。俺がすべき【覚悟】はカワイに対してだけじゃなくて、自分自身に対してって意味もあるんだ。
「だけど、それって……我が儘、じゃなくて。きっと、身勝手なんじゃないかな」
気付くと同時に、視線が下がる。【覚悟】の大きさと重さに、押し潰されてしまいそうだからだ。
そんな俺に、草原君はきっと。
「──僕は【恋】という事象を『身勝手なものだ』と認識しているのでございますが、違うのでございましょうか?」
普段通りの無表情で、クールな声を返すんだろう。
草原君の返事に、答えを返すより先に。
「オーイッ! タクシー来たぞ~っ!」
月君の声を受けて、草原君は少しだけ声を張り上げて「ありがとうございます」って返事をした。
草原君は、歩き出す。いつもと同じように、姿勢正しく。
それから一度、草原君は俺を振り返った。
「それでは、追着様」
「あっ、うん。気を付けて──」
「──弟をよろしくお願いいたしますでございます」
「──そっちの挨拶ッ? 照れくさいよやめてよ!」
ヤッパリ、草原君の考えは読み切れない。結局大きな声でツッコミを入れてしまいながら、俺はなに所以か分からない疲労感をドッシリと背負うのだった。
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