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 立てた小指を、カワイは見てくれている。そしてカワイは、俺自身も見てくれた。  目の前に、気持ちを伝えたい相手がいる。それなのに不思議と、緊張感は無かった。  だって、目の前にいてくれているのは【カワイ】なんだから。だったら、俺が臆する理由なんてどこにも無いよ。 「ずっと伝えてきた『好き』って言葉とは意味が違って、今の俺がカワイに向けているのは性欲とか、恋愛とか……そういう意味で、カワイのことが大好きなんだ。そういう意味で、カワイを愛しているんだよ」 「それって、ボクと同じ……?」 「うん、そう。俺とカワイは、同じ気持ちを持っているんだよ」  カワイは、沢山のものを俺にくれた。だから、今から俺が伝える言葉は酷いものなのかもしれない。  だって……。 「──俺と、付き合ってください。カワイには、俺の特別になってほしい」  今までだって沢山貰ってきたのに。それなのに俺は、さらにカワイを欲しがっているんだから。  これは俺にとって、初めて規模の我が儘。俺にとって、これ以上ないくらいの身勝手だ。  だけど、怖くない。怖がるなんて暇、俺にはないんだ。  立てた小指が、小さく震えた。それはきっと、寒さが理由だ。そうに決まっている。  ……嗚呼、でも。もしかしてこれは、駄目なことなのかな。俺の脳裏には不意に、あの日の……俺に絶縁を願ったあの人の姿が映し出された。  俺が、こんな、自分勝手なことを言っても良いのだろうか。立てていた小指は正直で、少しずつ力が無くなって──。 「──うん。ボクは、ヒトのカレシになる。……ボクを、ヒトの特別にしてほしい」  ──倒れてしまう前に。カワイの手が、俺の小指を優しく包んでくれた。 「ヒトの手、冷たい。ヤッパリ、寒かった?」  そんなことを言いながら、カワイは俺の手をギュッと握ってくれたのだ。  まるで、なんてことないように。まるでそれが当然みたいに、カワイは俺に触れてくれた。  なにかが、込み上げてくる。感情なのか、言葉なのか、なんなのか……。正体が分からないまま、俺はカワイの手を握り返した。 「……ありがとう、カワイ。それと、返事が遅くなっちゃってごめんね」 「ううん、大丈夫。ボクこそ、ありがとう。ヒトから言葉を貰えて、すごく嬉しい」  カワイは両手で俺の手を握ってくれるだけじゃなくて、俺に微笑みを向けてくれる。 「ヒトのことだから、きっと色々いっぱい悩んだんだよね。全部ボクのためにって、すごく沢山考えてくれたんだよね」  反射で謙遜したくなるくらい、気恥ずかしい評価だ。だから俺は、照れ笑いを浮かべてしまう。 「あはは。俺はそんなに立派な男じゃないよ? 結局カワイのことを待たせちゃったし、不安な気持ちにもさせちゃったと思う」 「平気だよ。だって全部、ヒトの優しさだってボクは知っているから」  本当に、俺はそんなに立派な男じゃないんだけどなぁ。  でも、カワイはお世辞を言っている感じじゃない。だから、これ以上の謙遜は失礼な気がする。  俺がもう一度笑顔を向けると、カワイも笑ってくれた。 「ありがとう、ヒト。選んでくれて」  カワイの言う『選ぶ』って、カワイのことなのかな。……もしかすると、もっと奥深いところにある俺の葛藤なのかもしれない。不思議と、そう思えてしまった。  だからこそ俺は、カワイに打ち明けられるのかもしれない。……いいや、違う。 「本当は、まだ怖いんだ。カワイと両想いになって、特別な間柄になって……すごく、幸せなのに。それなのに、怖い」  打ち明けなくちゃ、いけないんだ。俺の手が震えてしまっている理由が、なんなのかって。  それでもカワイは、包んでくれる。 「うん、そうだね。ヒトは、臆病者だから」 「うっ。返す言葉もありません」 「だけど、ヒトは選んだ。そういうところが、ボクは好き」 「……っ」  カワイの笑顔と言葉を受けて、俺は苦笑した。 「すごいね、カワイは。なんて言うか、愛が上限突破って感じ」 「ボクの愛なんて、全然。むしろ、これからだよ」 「まだまだ成長中、だと……!」  気付けば、寒さを忘れてしまいそうで。そんな俺たちを冷やかすように、風が屋上を吹き抜けていく。 「そろそろ戻ろうか。また天気がいい日に来ようね」 「うん、約束」 「あははっ。また新しい約束だね」  互いにほんのりと、顔を赤らめて。俺たちはいつかの日のように星空の下で、小指を絡めた。

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