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 眠っているカワイの額にキスをした日とは、全然違う。あの日の緊張とは、比べ物にならない。  それに、俺が【不調】に陥った時にカワイがしてくれたキスとも、ヤッパリ違う。  好きな子に。そして、自分を好きでいてくれている子にキスをするのが、こんなにドキドキするなんて。俺は、空想の中ですら思い描けなかった。 「ん……ぅ、っ」  カワイの喉から、くぐもった声が聞こえる。だけど俺は、カワイの唇を解放してあげられなかった。  みっともなく、がっついている。そんな自覚は多分にあった。  それでも、離れられない。啄むようなキスをして、それよりも長い時間唇同士を重ね合わせて。だけど、それでも足りない。  薄く開いたカワイの口に、舌を差し込む。するとカワイはビックリしたように体を震わせたけど、拒絶はしないでくれた。  カワイが嫌がっていないという証拠は、ちゃんとある。指先だけ不思議な色を纏っているカワイの指がしっかりと、俺の上着を掴んでいるのだから。  小さな体で、一生懸命。そんなところも、愛おしい。差し込まれた俺の舌にどうすることもできない様子も、愛おしかった。  どのくらい、キスを続けたことだろう。それでも名残惜しさを感じてしまいながら、俺はカワイの唇から顔を離した。 「え、っと。ごめんね、カワイ。いきなり、長すぎたよね。と言うより、強引? だったかな。とにかく、本当にごめんねっ」  と同時に、込み上げる罪悪感。カワイが望んでいた【キス】と乖離があったらどうしようと、今さらながらに思ったからだ。  だけど、潤んだ瞳のカワイが俺に伝えてくれた言葉は全く別のものだった。 「ヒ、ト……。キス、すごい……上手、だね?」 「えっ。ほ、本当? えぇっと、そう思ってもらえたなら……嬉しい、かな」  セ、セーフだ! 良かった、高評価みたいで!  でも、そんなことを言われると、ちょっと。俺はさっきまでの反省を忘れてしまったかのように、さらにカワイとの距離を詰めてしまった。 「カワイ、俺……」 「ヒト……」  見つめ合って、俺はカワイの両肩に手を添えて──。 「──今日はもう、ダメ。これ以上は、ダメだよ」  カワイからストップをかけられてしまった!  即座に、カワイの両肩に向けて伸ばしかけていた手を天井に向ける。ビッと、真っ直ぐに!  あっ、危ない! 危なすぎるぞ、俺! 今カワイになにをしようとしたっ? ナニだろ! 馬鹿野郎! 「そっ、そうだよねっ。ごめんっ! 俺、みっともなくがっついちゃって!」 「ううん。イヤだったとか、そういう意味じゃないよ。拒絶じゃなくて、拒否でもなくて」 「えっ? じゃあ、どうして?」  恥ずかしい、とか? カワイがストップをかけた理由がなんなのか、自分の中で考えてみる。  だけど、カワイからの返事は全くの予想外。 「──晩ご飯の後片付け、なにもしてないから。そろそろ始めないと、後のスケジュールがドミノ倒しみたいにパタパタ変わっちゃう」 「──そういうところも大好きだよっ、カワイ!」  それでいて、どこか予想通り。ゼロ太郎がスリープモードに入っていようと、カワイはカワイなのだ。  と言うことで、ゼロ太郎のスリープモードを解除。俺たちはすぐに、いつもの日常へと戻った。  ……のだが。現状の幸福で頭がいっぱいだった俺は、翌朝になってから気付いてしまった。  ──もしかして、就寝準備を全部終えた後だったら【続き】をしても良かったのかな? ……なんて、破廉恥なことに。  言うまでもなく、カワイ本人に確認する勇気が俺には無かったけどね! 8章【未熟な社畜も伝えました】 了

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