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 なぜか昼休憩が最も疲労を感じる時間だったように思えた、今日の出勤。俺はグッタリと肩を落としながら、マンションの通路をトボトボと歩いた。  いやまぁ、うん。嫌われているよりは、ね。断然嬉しい話だと思うよ、うん……。 [お疲れですね、主様。モテる男はつらいです] 「揶揄い含みで言ってるよね、それ。わざとだよね、それ」  ゼロ太郎はなぜか楽しんでいるし、俺はどうしていいのか分からないよ。  でも、二人に報告ができた。二人も喜んでくれたし、これで俺の憂いは解消だ。気を取り直して、俺はシャキッと背筋を正した。 「ただいま、カワイ~。ゼロ太郎も、ただいま~」  帰宅後、俺はすぐに帰宅の挨拶をする。  カワイがヒョコッと姿を現して「おかえり」と言ってくれたから、俺の精神的疲労はゼロになった。ヤッパリ、好きな子との会話ってすごくすごい!  玄関で靴を脱ぎながら、俺はスンスンと鼻を鳴らした。 「わあっ、いい匂い! お腹空いちゃったなぁ~。今日のご飯はなに?」 「カキフライと、ニラと卵を炒めた料理。お味噌汁もあるよ」 「絶対おいしいじゃん! 急いで着替えてくるね!」  同棲、最高! 好きな子が帰りを待っていてくれて、一緒にご飯を食べてくれる。これ以上の幸福ってきっとないよ!  俺はテキパキと部屋着に着替え、カワイが待つ食卓テーブルへ直行。そこで俺は、お椀に入ったお味噌汁を見て度肝を抜かれた。 「このお味噌汁、ビジュアルがスゴイね。真っ黒だ」 「のりを沢山入れたら、そうなった。……おいしくなさそう?」 「なるほど、この黒さは海苔かぁ。俺の好奇心は大刺激、今すぐ啜りたいくらいメチャメチャ気になるよ」 「良かった」  前に俺が作ったジャガイモのスープと似た黒っぷりだったから、てっきり再臨かと思ったけど。ゼロ太郎の指導を受けたカワイがあんなもの作るはずないよね。 [それは暗に、己の能力の低さを露呈させているだけですよ] 「分かってるよ!」  俺だって、カワイが実演して教えてくれた料理なら作れるんだぞ。なぜなら、まるで数秒前に見たのかってくらいの鮮明さで脳内再生ができるんだからな。 「ヒト? イスに座らないの?」 「ハッ! カワイに見惚れちゃってたよ!」 「今、ボクのこと見てなかったのに?」  記憶の中のカワイも可愛いけど、リアルのカワイも可愛い。当然か、同一人物ならぬ同一悪魔だからね。 「そう言えば今日、月君と草原君にカワイとの関係を報告したよ」 「そうなんだ。ツキ、怒ってなかった? 兄は……たぶん、そのことに関してなにも言わないかも」 「二人共、喜んでくれたかな。……ただちょっと、善意満々で喜んでくれているからこそ、怖かった」 「社会人って、複雑なんだね」  カワイは配膳を終えたはずなのにもう一度、キッチンに向かった。それから、ちょっと値が張るブランドの缶ビールを持ってきて、コップに注いでくれる。どうやら俺の顔は、それほどまでに死んでいたらしい。 「ボクはリンゴジュースを飲む。ちょっといいやつ、買っちゃった」 「いいねぇ~。今日は報告パーティーだねぇ~」  それから、どちらからなにを言うでもなく乾杯をした。それだけで、心が洗われたような気がするよ。

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