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大好きなカワイと正式に交際を始めて、今の俺には余裕しかない! こう断言できるくらい、俺の心は大層穏やかなものなのだ!
……さて。どうして、突然『リア充爆発しろ』と言われてもおかしくないようなことを心の中で叫び始めたかと言うと、だ。無論、理由はちゃんとある。
「──はぁあ~っ」
絶賛、隣の席で肩を落として大きすぎるため息を吐いていた青年──月君だ。
月君がここまで露骨に落ち込んでいるのは、なかなか珍しい。いつも、月君はつらいことがあっても空元気で隠すからだ。
[それは主様が言えたことではありませんがね]
「えっ?」
[なんでもありません]
ゼロ太郎の不思議発言は、申し訳ないけど一旦保留にさせてもらおう。今は先ず、月君のケアをしなくては。
と言うことで、だ。人間社会は【持ちつ持たれつ】が基本。今は俺が、月君を助けよう。なんだかんだと、俺は月君の明るさに救われている部分があるからね。こういう時くらい、力になりたいじゃないか。
「どうかしたの、月君? なんだか、元気ない?」
「えっ。そっ、そう見えますか?」
「だって今、すごく大きなため息を吐いていたよ?」
「えぇっ! かっ、完全に無意識ッス、それ。スミマセン……」
重症だ。本当に珍しい。
もしかしてこれは、草原君が原因かな? 申し訳ない評価だけれど、草原君は月君に対して数々の前科を持っている。おそらくほぼ、間違いないだろう。
なんて思っていたら、どうやら今回は予想外の出来事が理由だったらしい。
「なんと言いますか、その……。女性職員同士のイザコザに巻き込まれたと言いますか、えぇっと……」
「あ~……」
月君は男性職員だけではなく女性職員からも慕われているし、好かれている。それはつまり、男性だけではなく女性とも会話の機会が多いということだ。
「詳細は言えないので割愛しますが、他部署のあれそれを言われても、マジでただ参るだけッスよね」
「分かるよ、分かる。お疲れ様、月君」
「センパイ~……!」
言えないのなら、聴き出さない。俺は月君の肩をポンポンと叩いて、慰めの言葉を贈った。
すぐに月君はベソッと悲し気な顔をして、俺を見つめる。
「後で、センパイが持ってきているお弁当のおかず、なにかひとつください……」
「いいよいいよ~。カワイの料理は絶品だから、一口食べると元気になること間違いなしだよ」
仕事ではなく、俺に言えない話での悩み。だったら俺は、月君と嬉しくて楽しい時間を過ごそう。
「そうだ。近くのコンビニの前に、クレープを売ってる屋台が来てたよ。月君、クレープは好き?」
「好きッス、買いに行きます。昼飯も用意していないので、丁度いいッス」
「じゃあ、後で一緒に行こっか。車出すよ」
「ハイ! ありがとうございます!」
余裕が無かったらきっと、月君にこういう提案もできなかったのかな。思わず、過去を振り返ってしまいそうになる。
……いいや。今はそんなこと、しなくていいか。俺は気持ちをお昼休憩に向けて、ルンルンと胸を弾ませた。
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