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余裕があるからか、今日は珍しく定時少し過ぎで退社できた。
カワイに【食べたいクレープ】を事前リサーチした俺は、会社を出てすぐにコンビニへと向かう。それからカワイのオーダー通りのクレープを購入し、マンションへと帰宅。
諸事情でちょっぴり寄り道と言うか、時間をかけて帰宅してしまったけれど……。それでも、いつもより断然早い帰宅時間だ。
「たっだいまぁ~っ! カワイ~っ、クレープ買ってきたよぉ~っ!」
玄関から移動し、カワイが待っているだろうリビングへゴー。そして、クレープが入った袋をカワイに手渡そうとした。
──だがそこで、事件が発生する。
「──ぐるるるっ!」
「──えっ、えっ? なんで俺、カワイから唸られてるのっ?」
なんと、生まれて初めての経験だ。帰宅早々、カワイに唸り声を向けられるなんて。
いったいなにが、カワイの気に障ったのだろう。理由が分からない俺はカワイの唸り声にギョッとしつつ、恐る恐る距離を詰めようとした。
だが、その刹那。……カワイが、とんでもない言葉を俺に投げつけたのだ。
「──ヒト、臭い」
「──ガーンッ!」
ショックすぎる! 成人男性にとってその評価は文字通りキラーワード! 思わず衝撃を口に出してしまうほどのダメージだ!
と言うか、えっ? もしかして、早くも俺たちって別れそうな予感ッ? いっ、嫌だ! 嘘だと言ってよ! だけどこんなに不快感を露わにしているカワイは初めてだぁ~っ!
とめどない、ショック。俺は心を打ち砕かれそうになりながら、その場でヨロヨロと覚束ない足取りになりつつ、それでもギリギリ立ち続けた。
だけど、倒れそう。俺はヨロヨロと不安定な動きをしつつ、なにが原因なのかを必死に考えようとした。
そこで、頭上からポンと声が降ってくる。
[主様、主様]
「なんだよぉ、ゼロ太郎ぅ~……」
[今日は帰り道に、なにをしてきましたか?]
「へっ? 外で?」
どうして、そんなことを? 俺がなにをしていたかなんて、ゼロ太郎は知っているだろうに。
しかし、訊かれたならば答えよう。俺は今日の帰宅道中を振り返る。
「コンビニの前でクレープを買って、出来上がりを待っている間にたまたま通った散歩中の犬を撫でた、かな。あと、マンションの前で散歩してる猫も撫でさせてもらったよ」
「──ぐるるるっ!」
「──あっ、猫か! 猫が原因か!」
良かった、体臭じゃなかった! ゼロ太郎ありがとう~っ!
「そんなネコより、ボクの方が賢いよ。散歩だって、ボクの方が上手だよ」
「カワイってなぜか猫に対して異様に厳しいね!」
ゼロ太郎のおかげで原因は分かったけど、全然なにも解決してない!
だけど、そうか。カワイは猫を見たり褒めたりするだけじゃなくて、大前提に関わることすら赦せないのか! えぇ~っ、なんで猫にそんな厳しいんだっ?
だが、だがしかし! カワイが嫌がることをしてしまったのは俺なのだ。ここは誠心誠意謝らなくては。俺はなんとか体勢を立て直して、カワイに謝罪を試みる。
と思った、その矢先。
「ヒト、ギュッてして!」
「えっ! いいのっ?」
「いいから早く!」
「珍しく強い口調! 急ぎます!」
慌てて、カワイを抱き締める。するとカワイは、やけに俺の体をペタペタと触ってきた。
あっ、なるほど。これ、猫の匂いを消そうとしているんだ。手とか腕とか尻尾で必死に、俺から猫の匂いを消そうとしているんだね。
……カワイ、ごめん。ちょっと──かなり、嬉しいです。そして、可愛いと思います。
勿論、そんなことは言えない。言ったら最後、どんな魔術でどんな目に遭うかが分からないからだ。俺はカワイの可愛さを堪能しつつ、心の奥底辺りでプルプルと震えた。
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