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カワイのおかげで無事に入浴を終えた俺は、就寝準備がバッチリとなった。
同じく、カワイの就寝準備もバッチリだ。今日も今日とて俺の寝間着を身に纏い、最高に可愛いカワイが完成している。
「カワイ、今日も一緒に寝ようね~っ」
「うん。一緒に寝る」
俺がベッドに寝転がると、すぐにカワイも俺の隣に寝転ぶ。
まるで恋人同士のやり取りに見えるだろう? ところが、どっこい。これは交際前から毎日やっていた。つまり、ずっと恋人同士だったってことかな。……うん、違うね。脳内ゼロ太郎が[違います]って言ってるや。
だけど、今の俺とカワイは恋人同士。つまり【くっついて寝る】以上のことをしても許される関係性だ。
なんてことを考えて数日経ってはいるのだが、実践はできていない。しかし今日は、カワイに耳元で愛を囁かれた日。勇気を出して、一歩踏み込んでみようじゃないか。
というわけで、いざ実践! 決意を固めた俺は早速、カワイを抱き寄せた。
「ヒト? どうしたの? もしかして、寒い──」
「──おやすみ、カワイ」
驚いた様子を見せるカワイのほっぺに、キスをする。カワイがなにか言っていたけど、俺は返事ができなかった。
だって、だって! カワイとスキンシップを取るのが大好きでも、こういう……キ、キスとか! そういうのは恥ずかしいんだようっ!
突然ほっぺにキスをされたカワイは、キョトンとしている。部屋の電気をまだ消していなかったので、驚くカワイの顔がよく見えた。
裏を返せば、俺の顔が赤くなっているのも見えているというわけなのだが……そこは、うん。目を閉じてほしい。
カワイはパチパチと瞬きをした後、小さな声で「うん、おやすみ」と返事をしてくれた。……が。
「……ヒト」
「なぁに?」
「目、冴えちゃった」
「うっ! ご、ごめんなさい……」
実は俺も、目が冴えてしまった。好きな子にキスなんてしちゃったら、こうなるよね。墓穴だ……。
「それじゃあ、少しお話でもしよっか」
「うん、賛成」
さて。そんなこんなで、雑談パートに突入だ。
「明日は休みだけど、行きたいところとかある?」
「会社に行かないの?」
「うん。明日はちゃんと休むつもりだよぉ~」
「そうなんだ」
カワイは俺にくっついたまま、数秒悩む。
……なんだか、いいなぁ。休みの日になにをするか、一緒に悩んでくれる子がいるのって。なんだか、すごくいい。思わず、じんわりと幸福を噛みしめてしまった。
やがてカワイは、答えを決めたらしい。伏せていた瞳を上げて、俺を見つめてから口を開いた。
「部屋の中でのんびり過ごすのも、どこかへ出掛けるのも、全部ヒトと一緒がいい。だから、一緒にいてくれたらそれで幸せ」
「えっ」
俺から咄嗟に出た言葉が、これだ。カワイはすぐに、不安そうな様子で眉尻をほんのりと下げる。
「ごめん。曖昧で抽象的な答え、だったかも」
「いやっ! 全然、そういう悪い意味の反応じゃなくて! ……なっ、なんだか、えっと。恋人同士、みたいだなぁって。今のやり取りが、全体的に、こう……」
すると、カワイの返事は普段通りのクールさで。
「──モチロン。だってボク、ヒトのカレシだよ?」
サッパリ、ハッキリ。あまりにもケロッとした態度に、なぜだか面食らってしまう。
「……カワイさん?」
「うん」
「俺の彼氏のカワイさん?」
「うん」
堪らず、ベッドから落ちてしまった。カワイが「えっ。どうして、今の姿勢でベッドから落ちるの?」とか言って驚いているけど、落ちたものは落ちたのだ。事実として受け止めてもらおう。
まるで、カワイが放つオーラのようなものに吹き飛ばされたかのように。ベッドから落ちた俺は、ただただ天井を仰いで叫ぶしかできなかった。
「──今日はいつも以上に可愛いねッ!」
「──つい数分前となにも変わってないと思うけど」
例えゼロ太郎に[サッサと寝なさい]と叱られても、俺は数秒間【彼氏が尊い】を受け止めるしかできなかったのだ。
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