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「──土日のカワイが、俺に甘えまくって悶絶必至なレベルで可愛い!」  休み明けの、出勤日。俺は頭を抱えながら、隣のデスクに座る月君へそう訴えていた。  カワイと過ごした、休日。思い返すと、なんて素敵な時間だったのだろう。  俺はカワイに対して、スキンシップが過多だった。言い訳もしないし、その件に関して逃げも隠れもしない。俺はカワイにベッタリだった。  だが、ここ最近──具体的にはおそらく、交際を始めてから。喜ばしいことに、カワイからのスキンシップも増えたのだ。 「朝一番に、挨拶よりも先にノロケを聞かされるとは。センパイ、変わったッスね」 「あっ、ごめん! ごめんね、月君! おはよう! 今日もよろしくね!」 「おはようございます、センパイ! ちなみに、ノロケを聞くのは全然イヤじゃないッスよ! むしろ、センパイがそういう話をオレにしてくれるのはメチャクチャ嬉しいッス!」 「うッ! 眩しいッ!」  月君のシャイニングスマイルを直で浴びてしまい、俺の体が溶けかける。  い、いかんいかん! 危うく、労災が発生するところだったぞ! 俺は正気を保ちつつ、月君と向き合う。 「では、お言葉に甘えて。……でも、なんでカワイは土日だとあんなに甘えてくれるんだろう?」 「平日だと仕事に出ちゃって、一緒に居られる時間が少ないからッスかね?」 「なるほどそれだ! 月君、天才!」 「おっ、センパイに褒められてしまった。ありがとうございまーすっ」  平日だって構わずベタベタしているつもりだけど、そうか、カワイはあれだけじゃ足りないのか。 「なんだか、センパイとカワイ君って微笑ましいですよね。ピュアって言うか、聴いていて照れないって言うか……」 「手を繋ぐのだって、今は心臓がドキドキのバクバクだからね。ピュアの極みと言ってもいいと思うよ、俺たちは」  まるで、学生の健全ピュアなお付き合いのようだ。自分で言うのもなんだが、俺とカワイはとても初々しい交際を──。 「──物足りないと思わないのでございますか?」 「「──出た! 悪魔!」」  音もなく、背後に登場。言うまでもなく、草原君だ。  草原君は書類を片手に、俺と月君──と言うか、ほとんど月君を見ている。 「いかにも。僕は悪魔でございます。そしてこちら、午後からの会議資料でございます」 「今のは種族を指摘したつもりじゃなかったんだけど……。って言うか、会議資料なら会議室で渡せば良くないか?」 「竹力様に会う口実が欲しかったので、竹力様にだけは手渡しをしようと馳せ参じた次第でございます」 「あ、本当だね。俺の分がないよ」  草原君のこういう、圧倒的な私利私欲……嫌いじゃないなぁ。月君はビクビクしながら資料を受け取っているけども。 「追着様は手を繋ぐだけで満足なのでございますか? もっと別の部分を繋げたくはないのでございますか?」 「ごめんね、草原君。今はまだ朝なんだ」 「……。……? それが、なにか?」 「センパイ。コイツとまともな会話をするのは、早々に諦めた方が楽ッスよ」  月君の言う通りかもしれない。草原君の顔、冗談を言っている様子じゃないんだもの。  ……それにしても、だ。『物足りない』か。草原君の指摘を、頭の中で反芻してみる。そして、ポツリと心の中で呟いた。  もしかしてカワイは、そう思っているのだろうか。……なんて。確かめる勇気が出てきそうにない、だけど重要な疑問を。

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