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 彼氏という、実感。それが俺にはあるのかどうか、正直に言うと俺にも分からない。  だけど、思えばそうだ。カワイと恋人同士になれたって事実に浮かれて、現状を何度も噛み締めて……。以前よりもスキンシップは少し増えたかもしれないけど、それだけ。  それが、遠慮なのかと。欲望の抑制なのかと問われると、少し違う。正直に言うと、俺はそんなに綺麗な奴じゃないのだから。  俺は頭が良いわけではないし、器用な男でもない。俺は嘘が吐けない、愚直で素直すぎる男だ。 ついでに言うのなら、俺は格好良い男でもなかった。  だから……と言うのも、情けないけれど。 「──今日、いい?」 「──っ」  カワイの耳に唇を寄せて、こう囁くだけで精一杯なのだ。  臆病者なくせに我が儘な自負もあるので、カワイを逃がすつもりはないのが、さらに困った点だろう。カワイを抱き寄せたまま、俺はそんなことを考えた。  ピクッと、カワイが震えたのを感じる。息を呑んだ音だって、バッチリ聞こえてしまった。  カワイは俺に抱き締められたまま、恐る恐ると言った様子で俺を見上げる。 「今のって、つまり。……クリスマス、だから?」 「クリスマス? そう言えば、明日はクリスマスだね」  明日は二十五日──つまり、クリスマスだ。確かにカレンダーを見る度にクリスマスを意識しちゃってはいたけど、社会人になると、実際に二十五日を迎えても『平日はただの平日』にしか思えないんだよなぁ。  実際問題、こうしてカワイからクリスマスだということを指摘されても、それはあまり変わらなかった。  と言うより……。 「クリスマスは関係ないよ。俺が、今、カワイをもっと愛したいって思っただけ」 「ヒト……」  クリスマスだから、って。俺の今の気持ちを『イベントで左右されたんだ』って思われたくないな。……なんてことさえ、思ってしまった。  好きな男の子となにかをするのに、理由を作りたくない。より厳密に言うのなら、いちいち【理由】なんかに頼りたくなかった。  普段から恋人として頼りなくて、情けなくて、迷惑ばかりかけているけれど。それでも、こういう時くらいはちゃんとしたい。  これが世間一般から見て合っているとか間違っているとか、そんなことはどうだっていい。俺が好きなのは世界じゃなくて、カワイなんだから。  つまり、裏を返せば【カワイが嫌がるのなら、それは良くない行為】とも言えるのだが……。果たして、カワイの答えはどうだろう? 俺の返事を聴いてすぐに俯いてしまったカワイからは、感情が読み取れない。  たった数秒が、とても長く感じる。それでも、俺の頭に【撤回】の二文字は浮かばなかった。  やがて、カワイは俺に返事をくれて……。 「──カッコいい。……ズルいよ、ヒト」  拗ねたような声音でそう告げた後、カワイは俺にギュッと抱き着いてくれた。 「イヤなわけ、ない。ボクはずっと、ずっと……ヒトの特別になって、ヒトを愛して、ヒトに愛されたかったから」  言葉を続けて、重ねて。カワイは俺を見上げて、最後にこう告げてくれた。 「──ヒト。ボクの、ハジメテ……もらって?」  必死に、一生懸命に。けれどしっかりと、カワイは俺を見て気持ちを伝えてくれた。  だから俺は、少し照れたような笑顔を浮かべてしまったことだろう。  ──だって、カワイの方が格好良く見えるのだから。

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