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 それからジブンとんーちゃんは、追着さんたちと談笑をしたっす。実に、他愛のない話だったっすね。  ジブンたちが解散したのは、夕方頃。冬だから陽の傾きが早いっすね。 [驚愕。珍しいですね。エツが、しんみりと思い出に浸るなんて]  追着さんたちをお見送りした後。ティーカップを片付けながら、んーちゃんがそう呟いたっす。  今は、んーちゃんと二人きり。テーブルを拭きながら、ジブンは思わず素直に同意してしまったっす。 「そうっすね~……。ちょっと、色々と思い出しちゃったっす」 [同意。こちらもエツが回想した記憶と同じ記録を再生してしまいました]  あれは、彼が──追着さんが越してきて、少し経った頃。ジブンは、信じられない出来事に直面したんす。  それは、ゼロ太郎さんがゼロ太郎さんとして機能し始めて初めての定期点検日。追着さんがお手洗いに行ったタイミングを見計らって、ゼロ太郎さんはこう言ったんす。 [──不躾な問いだと重々承知しているのですが、お聞かせください。……私にも、オーナーのお部屋に搭載されている人工知能のようなボディをいただくことは可能でしょうか]  ──初めてだったんすよ。【人工知能から】提案を受けるなんてこと。  今回こうして、マンションの契約者に人工知能用のボディを勧められる状態にまで話を進めた経緯は……可笑しなことに、一体の人工知能が始まりだったっす。  あの日のことを思い出しながら、テーブルに置かれた資料を持ち上げて。ジブンは自嘲気味な笑みを浮かべてしまったっす。 「正直、少し悔しいっす。ジブンのんーちゃんが世界最高峰の人工知能で、それでいて世界最高の女だって自負していただけに、ね」  資料を持ったまま、思い返す。縋るようにボディの打診をしたあの時のゼロ太郎さんと、まるでそれを忘れたかのようにボディを不要と言い切ったゼロ太郎さんを。 「ゼロ太郎さんは、他の人工知能さんたちと違うっすね。アレは──【彼】は、まるで人間っす」  進化をして、成長をして、なによりも【自分の意思で】それらを為している。ゼロ太郎さんは──いいえ。  ──【ゼロ太郎さんたち】は、他の入居者となにかが違うっす。  そんなこんなで思わず、物思いに耽ってしまったようで。そのまま黙ってしまったジブンに、んーちゃんが近付いたっす。 [悲哀。追着様の部屋に搭載された人工知能以外は全て、エツの望む水準に到達できていない、ということでしょうか] 「まさかっ! んーちゃんはジブンにとって一等一番の人工知能っすよ! モチロン、最高の女でもあるっす!」 [……。……羞恥、歓喜。ありがとう存じます、エツ]  それでも、ジブンにとって最も愛おしい人工知能はんーちゃんっすけどね! これは今後、なにが起こったって変わらない事実っす!  ……さて、と! 感傷に浸るのはジブンらしくないっすね! 掃除を終わらせて、そろそろ今夜のバイトに向かう準備を──。 [提案。エツ、一言申し上げてもよろしいでしょうか] 「おっと驚きっ。唐突っすね? なんでもどうぞ~」 [感謝。ありがとう存じます]  んーちゃんの声が、ジブンの動きを止めたっす。  それから。 [──危惧。カワイ様のお体が、少々異常な数値を示していました。こちらの情報は、いかがいたしましょうか]  んーちゃんは実に淡々とした様子で、そう言い切ったっす。 「ゼロ太郎さんが気付いていない……とは、考え難いっすけど。でも、ゼロ太郎さんにも一応、データの共有をしておきましょっか」 [推奨、同意。仰せの通りにいたします]  いつものカワイさんとの違いなんて分からなかったっすけど、なにかあったんすかね? んーちゃんに情報共有を頼みながら、ジブンはそんな呑気なことを考えるしかできなかったっす。 9.5章【未熟な大家のハイスペ披露です】 了

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