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と言うことで迎えた、定時。今日の俺は、いつもと違った。
「──あれ? センパイ、珍しく帰りが早いんスね?」
月君の指摘通り、今日の俺は定時退社なのだ。
「うん、ちょっとね。……それじゃあ、お先に」
「はーい。お疲れ様でーっす」
理由なんて、言うまでもない。カワイの体調が心配だからだ。
風邪とは違うにしたって、体調不良なのには変わりない。そしてきっと、カワイのつらさを一番分かっているのは俺のはずだ。
そしてこれは俺の主観なのだが、俺は嬉しかった。【不調】の時、そばにカワイがいてくれたことが。
だから俺も、カワイのそばにいたい。少しでもカワイを安心させたいのだ。
「カワイ……!」
会社からマンションに、急いで帰宅。いつだってこの時間がもどかしく感じていたけれど、今日はいつも以上だ。
赤信号が恨めしくて仕方がない。マンションの駐車場からエレベーターに向かうまでが、もどかしい。エレベーターの中でただジッとしているのが、落ち着かない。
誰がどう見ても、今の俺は焦っていた。通りすがりの住人が怪訝そうに俺を見てくる程度には、おかしな挙動だったかもしれない。
「ただいま!」
だけど、構っていられなかった。玄関で靴を揃えることすら失念してしまうくらい、俺はカワイのことが心配で堪らないのだから。
カワイは寝室だろうか。カワイの居場所に目星をつけて、先ずはリビングを通過しようとする。
しかし、カワイの姿は意外にも早く視界に映った。
「えっ。……お、おかえり、ヒト。今日は帰り、すごく早い」
キッチンだ。カワイは髪形をポニーテールにして、エプロンを着て、料理をしている。……まるで、普段通りのように。
咄嗟に思い浮かんだ言葉は『どうして』だった。もしかすると表情にも出ていたかもしれない。
だけど、日中の会話──ゼロ太郎の言葉を思い出したから、俺は寸でのところで言葉を呑み込んだ。
「……うん。今日は定時で帰ろうって決めたから」
「そうなんだ。早く帰ってきてくれて、嬉しい」
カワイは手を洗ってから、俺に近付いた。
「ヒト、汗だく。走って帰ってきたの?」
「うっ。俺って、体力ないね」
「体力の問題、なのかな。代謝がいいってことじゃないの?」
「どうなんだろう。今度、月君に訊いてみようかな」
普段通りの会話だ。カワイの体調が悪いなんて、嘘みたいに。
もしかして、昨日はたまたま調子が悪かっただけ? 昨日一晩寝て、もうすっかり元気になったとか? 俺が気にしているような【不調】じゃなかった?
だとしたら。……そうなのだとしたら、これほど喜ばしいことはない。
「カワイ、ギュッとしていい?」
「っ。う、うん。いいよ?」
あっ。カワイの尻尾、嬉しそうに揺れてる。昨日は俺のことを『分かり易くてカワイイ』って言ってくれたけど、俺にとったらカワイの方が断然可愛いよ。
というわけで、カワイの体をギュッとする。
「ん、っ」
そうするとなぜか、カワイがちょっとエッチな声を漏らしたんだけど……。これは俺の心が汚れているから、エッチに聞こえただけかな?
などと口にしたら最後、ゼロ太郎になにを言われるか分かったものじゃない。だから俺は、閉口一択だった。
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