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 翌朝も、カワイは平常通り。念のためにと昨日より早く起きた俺を見て、微笑みを浮かべながらヨシヨシと褒めてくれるくらい、カワイはいつも通りだった。  なんだろう。ヤッパリ、杞憂だったのだろうか。俺は少し、過敏になりすぎていたのかもしれない。今になって、そう思う。  それでもカワイが心配なので、今日も俺は定時退社を心掛けた。カワイが元気なら、純粋に『一緒に過ごせる時間が多い』と喜んでいいという話だ。なにも問題なんて無い。  だけど、俺の考えは【杞憂】ではなかったようだ。そう気付かせてくれたのは、意外な人物で。 「あれれ~、追着さんじゃないっすか~? 奇遇と言うか、すごく珍しいっすね~?」 「大家さんっ。こんばんは」  進行方向から考えるに、どうやら大家さんはこれから外出らしい。マンションの入り口で会った大家さんは、いつもと変わらない和やかな笑顔を浮かべている。 「今日は定時退社っすか? お仕事お疲れ様でっす~」 「えぇ、まぁ。大家さんは、これからお出掛けですか?」 「ジブンはこれから出勤っすよ。バイトを掛け持ちしているだけの、しがないフリーターっすから」 「あー、えぇっと。……大家さんは全く、しがなくないと思いますよ」  大家さんが「おぉ~っ。ゼロ太郎さんと同じツッコミ」と言って、なぜか感心していた。よく分からないけど、大家さんは嬉しそうだ。……いや、いつも笑顔だから自信は無いけど。  ここで大家さんを引き留めると、申し訳ない。俺は会釈をして「それじゃあ」と言い、その場を離れようとして──。 「──そう言えば、カワイさん。大丈夫っすか?」  ピタリと、足を止めてしまった。 「……えっ? それは、どういう意味でしょうか?」  日中、大家さんはカワイと会うことがある。それは大家さんが働いているお店にカワイが買い物へ行くからだ。  だから、俺たちの会話に【カワイ】が出てくるのは妥当だろう。だが、問題はその話題が意味するところだ。  動きを止め、硬い表情を浮かべる。そんな俺を見て、大家さんはいつも通りの表情で言葉を続けた。 「ゼロ太郎さんの定期点検の後に、ジブンの部屋でんーちゃんに会ったっすよね? その時に、んーちゃんが言っていたんすよ」 「……いったい、なんて?」  嫌な予感がする。そしてだいたい、こういうのは的中してしまうのだ。 「──『少々異常な数値』って。カワイさんの体調、あれから良くなったっすか?」  ヒヤリ、と。冷たい汗が、背中を伝った気がする。 「……って、時間! すみません、ジブン急がなくちゃなんで!」 「え、っ。あ、はい……?」 「いつもんーちゃんには『余裕を持って行動を』って言われるんすけど、こういうことなんすね! いやいや、追着さんに会えるなんてそうそうないのでテンション上がっちゃいました~」 「あっ。……は、はい。なにより、です?」  大家さんはにこやかな笑顔を浮かべながら「ではでは~」と言って、マンションから出ていった。……走らずに、のんびりとした足取りで。  そんな大家さんの動きにつられてしまったのか、俺の足取りも妙にゆったりとしてしまって……。 「……カワ、イ?」  俺はしばらく、頭の中で混乱状態が続いてしまった。

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