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帰宅をして、愕然とする。
「ヒト、おかえり……」
いつものカワイならリビングがキッチン、若しくは俺の帰宅を知って玄関付近にいるのに。今日のカワイは、そのどこにもいなかった。
カワイがいたのは、寝室のベッドの上だ。
「ただいま、カワイ。……体調、良くない?」
「少しだけ」
「そっか」
リビングに置いてある、食卓テーブル。その上には、料理が並んでいた。寝室に向かう道すがら、俺はそのことに気付いたのだ。
「ご飯、ラップしておいてくれてありがとう。電子レンジで温めるくらいなら、俺にもできるからさ」
「うん、知ってる。ヒト、電子レンジは使えるからね」
そう言いながら笑ってくれたけど、その笑顔は弱弱しい。
いつも顔色があまり変わらないカワイだけど、今日は違う。ほんのりと、赤らんでいるように見えた。
「晩ご飯、いつも作ってくれてありがとう」
頬を撫でると、カワイがピクリと震える。そしてヤッパリ、触れたカワイの頬は少し熱かった。
「ごめんね、カワイ。体調悪いのに、ご飯作ってもらっちゃって」
「ヒト……」
カワイが普段通りに振る舞ってくれたから、俺は誤認したのだ。カワイの体調が、悪くないって。
俺は、馬鹿だ。カワイがどういう子なのかって、分かっているつもりだったのに。……ただ、分かっている【つもり】だったのだ。
言葉が、出てこない。カワイに向けるべき言葉も、カワイに向けていい言葉も、分からなかった。
だから先に、カワイが口を開くことになってしまう。
「やだ。『ごめんね』って、言わないで。ボク、ヒトのために料理するの好きだから……」
悲しい、顔。カワイの頬に添えた俺の手を、カワイが握ってくれた。その手も、やはり熱いように感じる。
「あっ。……そっか、そうだよね」
違うんだ。カワイに向けるべきなのは、謝罪でも罪悪感でもない。
「ありがとう、カワイ。でも、無理はしちゃ駄目だよ?」
「うん。……約束」
「うん、約束だね」
触れ合っていた手で、指切りを交わす。俺はカワイに、笑顔を向けた。
「カワイ、寒気は?」
「無い。頭がぽんやりするだけで、他は元気」
「人間で言うところの発熱と同じ状態、ってことかな。でも、市販薬は効かないだろうし……」
「大丈夫だよ。ボク、強い悪魔だから」
そういう問題じゃないんだけど、誇らし気なカワイは可愛いなぁ。
「あっ。ところでカワイ、ご飯は食べたの? それとも、食欲無い?」
「まだ。食欲はある。ヒトと一緒に食べたいから、待ってた」
「じゃあ、急いで着替えるね。もう少しだけ待ってて?」
「分かった」
指切りを解いて、カワイと一緒にご飯の約束だ。どうやら定時退社したのは正解だったらしい。
なにはともあれ、今は食事を優先しよう。そうと決まれば、急いで着替えを──。
「……えーっと、カワイさんや?」
「なぁに、ヒトさんや?」
「そんなにジッと見られたら、着替えにくいのですが……?」
「動けない。だから、ごめんね」
うっ、嘘だっ! カワイならきっと寝返りくらいはできるはずっ!
だけど状況と状態なだけに、俺は「ソウナンダー」としか言えなかった。うぅぅっ、小悪魔さんめっ!
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