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 洗い物を始めた俺はカワイにしっかりと監視──もとい、観察されながら。気まずさや緊張感を払拭するため、話題を振っていた。 「いつも家事、本当にありがとう。……ほんっとうに、ありがとう……!」 「ヒト、ゆっくりで大丈夫だよ」  駄目だ、全然話題が変えられない! なぜなら、ガッカリするくらい俺の手つきが危なっかしいからだ!  くっ! 食器を洗うだけがこんなに困難な作業だったとは! カワイはスイスイッて洗っていたけど、そんなの無理! 気を抜いたら手から食器がすっぽ抜けて、全てを割っちゃいそうだよ! ゼロ太郎助けて! [頑張れ、頑張れ] 「せめてもっと感情を込めてッ!」  あぁどうしよう、カワイがソワソワしてる! こんな俺を見ていたら休まるものも休まらないよね、ごめんね!  正直、情けなくて居た堪れない。だけど、投げ出さないぞ。これくらいできないと、将来的にカワイを困らせる。と言うか、現在進行形で困らせているんだ。今日できるようになれ、俺! 「──いつも家事、本当にありがとう……ッ!」 「──ヒト、ボクよりも顔色が悪いよ?」  まさか、食器洗いをしている最中で恋人に惚れ直すなんて。人生、なにが起こるか分かったものじゃないね。 [後にも先にも、そのような奇行は主様だけですよ] 「愛を深めるのは【奇行】なんかじゃないやい!」  駄目だ、話題を変えよう。気を張り詰めつつ、俺はカワイに【洗い物】以外の話題を振った。 「でも、カワイは偉いよね。毎日の料理も本当にすごいけど、いつも掃除もしてくれてるもんね? 俺なんて、掃除機を数日かけないなんて日常だったよ?」  ゼロ太郎は[あー……]と、声を漏らす。たぶんだけど、遠い目をしているんだろうなぁ。カワイが来る前の俺って、本当にダメダメだったからさ。  俺の覚束ない動きを眺めているだろうカワイは、いつものクールな声音で返事をくれた。 「だって、掃除しないと気にならない?」 「うん。すごく気になる」 「……え?」 「え?」 [カワイ君、まともに取り合わなくて大丈夫ですよ。主様の思考は家事において、常人の域を遥かに超えておりますので]  酷い言われようだ。しかし、カワイの反応を見ると強く否定もしきれない。なぜだろう。気になることを素直に『気になる』と答えただけなのに。 「でもね、カワイ。俺は気付いたよ。不謹慎な言い回しかもしれないけど、これは俺にとってチャンスなんだ」 「『チャンス』? どういうこと?」 「今まで俺は、カワイとゼロ太郎に甘えっぱなしだった。前から自覚はしていたけど、俺の認識は甘かったんだ。事態は、俺が思っていた以上に深刻だったんだよ」 「そんなことないと思うけど、ヒトの主張を続けて?」 「今後もカワイと暮らしていくのなら、今回に限らずカワイが体調を崩すことだってきっとある。いつか迎えるそのときに俺は、こんな役立たずの頼りない男のままでいたくないんだよ」 「……つまり?」  ギュッと、手に力を込める。スポンジからは水と泡がボタボタッと溢れた。 「──明日は掃除をするよ! もっと家事を練習する!」 [──掃除は練習するものではないと思うのですが]  折角やる気に満ちている俺の気持ちを削ぐようなゼロ太郎の発言は、聞こえないフリをして。俺は決意を固める。 「だったら、ボクは【ゲンバカントク】をするね。一緒に掃除、頑張ろう」 「ありがとう! それじゃあ、明日は俺たち二人の記念日だねっ?」 「うん。共同お掃除記念日」  芽生えてしまった。俺とカワイの、絆が。  さすがのゼロ太郎も、俺たちの絆には祝福の声を漏らすはず。そう思い、俺とカワイは同時に天井を見上げた。  だが、降ってきた言葉は少々想定外で。 [──この、バカップルめ……!]  やめろやめろ、照れるじゃないか。俺とカワイは示し合わせたかのように、揃って照れくさそうに笑った。  勿論、ゼロ太郎は[褒めてはいないのですよ、褒めては]と苦言を呈しているが……。俺たちは『バカップル』なので、見事にスルーさせていただいた。

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