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すぐに俺は、カワイを抱き締める。するとカワイはあろうことか、こんな俺を抱き締め返してくれた。
初めて、好きな子を泣かしてしまったのに。カワイを泣かせてしまったのに、カワイはそんな俺を抱き締め返してくれたのだ。
……ううん、違う。カワイは俺に、縋ってくれているんだと思う。
「ただ『そんなことないよ』って。そう、答えたらいいだけなのに……。ごめんなさい、ヒト……っ」
「謝らないで、カワイ。悪いのは俺だよ。俺の言い方が、言葉が悪かったんだから」
カワイは俺と抱き合ったまま、フルフルと首を横に振っている。カワイのそんな姿が、ただただ苦しい。
「ヒトがつらいのも、分かってる。【人間界で暮らす悪魔が陥る不調】ってものが、ヒトにとってどんなものか知ってるから。だから、ヒトがボクを見て苦しいのは分かっているんだよ」
そんなこと、今のカワイが気にする必要なんてないじゃないか。カワイは今、自分のことで精一杯なんだから。
それなのに、どうしてそんなことまで考えてくれているのか。どうしてそこまで、俺のことを想えるのかなんて。……そんなの、理由はひとつだ。
「ヒトにそんなことを言わせて、ごめんね……っ」
──カワイが、俺を愛してくれているから。だからカワイは、自分の体調以上に俺の気持ちを考えているのだ。
ゼロ太郎は、なにも言わない。こんなに情けない姿を俺が晒しているのに、ゼロ太郎はなにも言わないのだ。
……いや、違う。こんなことを考えている暇なんて、俺には無いんだ。
今の俺がすべきことは、いったいなにか。わざわざ問わなくたって、もう分かっているはずだ。
「カワイ、本当にごめん。それと……」
「ヒト……?」
カワイの目元に、指を添える。それから俺は、目尻にあるカワイの涙を指で拭った。
「こんな時なのに、俺のことを想ってくれて……ありがとう」
カワイが欲しい言葉は【謝罪】じゃない。カワイが欲しいのは、悲しむ俺じゃないんだ。
だから、例えこの場に似つかわしくない言葉だとしても。不謹慎に聞こえるかもしれない言葉だとしても、俺が伝えるべきなのは【感謝】だと思った。
合っているか否かは、分からない。だけど、伝えるべきだと思ったのだ。
俺の言葉を受けて、カワイはもう一度、首を横に振った。それから、俺に回した腕の力を強くする。
だから俺も、カワイのことを強く抱き締めた。
「……ヒトも、苦手な料理を頑張ってくれて、ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。全然、上手に作れなかったし……。だけど、食べてくれてありがとう」
「うん。ちゃんと、完食するよ」
「あー……。う、ん。あり、がとう。でも、無理はしないでね?」
涙を拭って、カワイは顔を上げた。そして、ほんのりと目元を赤くしながらもいつも通りのクールな表情で、カワイは口を開いた。
「──お醤油とみりんと料理酒を同じ量で入れたら、なんでもおいしくなるよ」
「──なんて?」
ようやく顔を上げてくれたカワイが口にしたのは、まさかの【料理に対するアドバイス】だった。……いや、あの、うん。
切り替えが早いところも、大好きだよ。
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