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 世界が、やけに静かだ。なんだか無性に、そう思えて仕方がない。 「ボクが悪魔だから、なのかな。そんな生き方をするくらいなら、ボクは生きていたくない。だって、楽しくないもん」 「カワイ、そんなこと──」 「──おかしい? でも、ボクからするとそっちの方がおかしいよ」  食い気味に言葉を重ねたカワイを見て、俺は思わず黙り込む。  これは当然、俺を責めているわけではない。カワイにとって、純粋な疑問なのだ。 「──たった一回の人生なのに、どうしてそんなムダな使い方するの?」  周りばかりを気にして、自分に向けられる評価に振り回されて。その結果、自分自身の価値を自分では付けてあげられなくなって……。追着陽斗という男は、そんな生き方を選んでしまった。そんな生き方を、続けてきたのだ。  そこには確かに、カワイが──悪魔が思うような【楽しさ】なんて無い。分かっているからこそ、俺はぐうの音も出せなかった。  自分自身の、価値。カワイは俺に、今までとは違う【価値】を与えてくれた。感謝してもし足りないくらい、嬉しい【価値】を。  だけど、俺は……っ。そこまで考えた俺に向かって、カワイがさらに言葉を続けた。  しかしそれは、さらなる疑問ではなくて。 「──でもね、ヒト。ボク、ホントはヒトにそんなことを言っていい権利なんて無いんだよ」  どういう意味だろう? 俺はそっと、眉を寄せてしまった。  すると、どうしたことだろうか。カワイは上体を起こして、俺にペコリと頭を下げてきた。 「えっ? カ、カワイ? 急にどうしたの?」  いきなり、頭を下げるなんて……。カワイの言動が、その意味するものが全然分からない。  俺が抱く価値観に疑問を持って、かと思ったら『そんなこと言えない』って言って? かと思いきや、頭を下げてきたんだ。これで『なるほどね!』と納得するのは、俺のみならずさすがのゼロ太郎にも無理だろう。  俺の動揺なんて、伝わらず。……若しくは、伝わっているからこそなのだろうか。 「──ヒト、ごめんなさい。ボクずっと、ウソを吐いていたの」  カワイは俺に、そんな謝罪を向けてきた。 「『嘘』? カワイが、俺に? ……えっ、と。ごめんね、カワイ。言われている意味が、全然分からなくて……」  カワイと同じく、俺も体を起こす。すぐに俺は、カワイの両肩に手を置いた。 「もしかして、なにかしらの気遣い? そりゃ、確かにカワイのさっきの質問にはなにも答えられなかったけど。だけどそれは別に、カワイに対して怒ったからとかじゃなくて──」 「ううん、それじゃない。もっと、もっと前からだよ」  もっと、前? 駄目だ、本当に分からないぞ。  カワイは頭を下げたまま、俺に対する【嘘】がなんなのかを話してくれた。 「──ホントはボク、魔力が枯渇していたんじゃないの」  俺としては、全く予想していない【嘘】を。 「……えっ? でも、カワイは前に行き倒れて……?」 「それは、ホント。それは、魔力の枯渇が原因。……だけど今回は、違うの」  魔力の枯渇じゃないなら、カワイの体調不良はいったいなにが原因なのだろう。 「じゃあ、風邪?」 「それも違う。そんなシンプルな話じゃなくて……ううん。もしかすると、もっとシンプルな話、なのかも」  珍しい。カワイが、言い淀むなんて。それに加えて、顔を全然上げてくれないのも気になる。  カワイは頭を下げたまま、吐いていた【嘘】を明かしてくれた。だけど、その内容は──。 「──ホントはただ、魔力を【渇望】していたの」  正直に言うと、俺には違いが分からない。カワイが頭を下げ続ける理由も、こんなにも心苦しそうにしている理由も……。俺にはなにひとつ、分からなかった。  だけどカワイが、言葉を続けてくれたから。そこでようやく、俺はカワイが向ける【申し訳なさ】の理由に気付けた。 「──ボクはずっと、ヒトの魔力が欲しくて仕方なかったの」

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