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ビシッ、と。俺の体は、固まってしまった。
さすがの俺も、カワイが申し訳なさそうにしている理由に気付けたのだ。むしろ、もうちょっと早く察してあげられなかったのかと恥ずかしくなるほどに。
「……えっ? えっと、それは……それは、えっ? どういう、意味?」
だけど、にわかには信じられない。だから俺は、マヌケにもこんな態度しか見せられなかった。
依然として俺に両肩を掴まれた状態のカワイは、余計に口ごもる。左右に揺れているカワイの尻尾だけが、雄弁に気持ちを訴えているように見えた。
「だから、つまり。つまり、ボクは……」
どうしよう。俺は、どうしたら良いのだろうか。寝起きだということを抜きにしても、今の俺は冴えていなかった。
だって、分かっているのだ。カワイが言いたいことも、口ごもっている理由も。俺は全部、理解したのだから。
つまり俺は今、カワイを辱めているんだってことも──。
「──ヒトとエッチしてから、ダメなの。ボクは。……ボクは【ヒト】が欲しくて、堪らない」
カワイがこう答えるのにどれだけの勇気を振り絞ったのかってことも、俺は分かっているのだから。
つまり……つまり? 俺の中にあった仮定が、確信に変わった。
──つまりカワイは今、絶賛【発情期】ってことかな? ……と。
……えっ? えぇぇっ? そっ、そんな……そんなファンタジーなことってあるっ? 分からないよ! 誰か教えてください!
だけど、思い返せば心当たりがありすぎる。最近のカワイは俺が触るとちょっとエッチな声を漏らしていた。あれは、あれはつまりそういうことっ?
大家さんから聞いた話も、カワイが不健全な気持ちでいたから体の数値が少し変動していたってことなのかもしれない。いや、分からないけど。分からないけど、そういうことっ?
「そっ、それなら早く、言ってくれたら、良かったのに……!」
動揺のあまり、声が裏返る。今ではもう、カワイが俺に投げてきた疑問に対する答えとかがどうでもよく思えてくるくらいの衝撃だ。
しどろもどろになった俺に、カワイは頭を下げたまま。縮こまったまま、むしろさらに申し訳なさそうにして、カワイは答える。
「言えないよ。やっとエッチできたのに、すぐに『また抱いて』なんて言ったら、ヒトにガッカリされるかもしれない。嫌われたく、なかったから」
「いや、そんな理由で嫌いになんかならない、けど……っ」
そうか、ようやく分かったぞ。どうしてカワイが、俺にずっと言えないでいたのか。
俺が、カワイに対して慎重だったからだ。それをカワイは『紳士』だとか『性に淡泊』だとか思ったのだろう。優しくて俺想いのカワイらしい配慮だ。
だから、つまり。……つまり、そういうことだ。
──俺の態度が、カワイを苦しめてしまった。俺の遠慮が、カワイに遠慮をさせてしまったのだ。
「い、いや、あのね。俺は別に、紳士とかじゃなくて……え、っと」
しかし、悲しきかな。俺はこういった経験が皆無だ。ゆえに、小さくなるカワイに向かって気の利いた言葉ひとつも投げられない。
「ごめんね、ヒト。ボク、エッチでダメな悪魔で……」
「そんなことないよ!」
「でも、ヒトはこんなにハレンチなこと……考えない、でしょ?」
「そんなこともないんだよ!」
カワイが己を責める必要なんてないのに、ここまで追い詰めてしまった。それは全部、俺のせいだ。動揺と申し訳なさが、ただただ俺を駆り立てた。
だから俺は、盛大に間違えてしまったのだ。
「──俺だってカワイとエッチしたいよ!」
「──えっ」
ようやく、カワイが顔を上げてくれた。正直に言うと、今だけは顔を上げないでほしいような気もするけど……!
だけどこのまま、なあなあにしたくない。羞恥心みたいなものは確かにあるけど、こういう話は交際の上でスルーしちゃいけない話題だと思うから。
カワイの両肩に手を置いたまま、おそらく真っ赤になっているだろう顔で、俺はこう言った。
──「ゼロ太郎、スリープモード」と。
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