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 ゼロ太郎には目を閉じてもらい、俺は真剣にカワイと向き合った。 「その、なんて言うか……なにから言えばいいのか分からない、けど。先ずは、ごめん。カワイの気持ちに、全然気付けなくて」 「う、ううん。ボクの方こそ、えっと……ごめん、なさい」  気まずい。お互い、その気持ちだけは一致していた。  しかし、それと同時に『このままではいけない』って。その気持ちも、一致しているはずだ。 「じゃあ、えっと。つまりカワイは、その……は、はつ、発情期、みたいな。そういう認識で、オッケー?」 「……う、ん。そう、だよ」 「言わせてごめん」 「ボクこそ、ごめんなさい」  駄目だ、経験が無さ過ぎて話が進められない。お互いに、俯いてしまった。  落ち着け。落ち着くんだ、俺。別にこれは恥ずかしい話じゃなくて、むしろすごく真剣で大切な話じゃないか。気持ちを切り替えるためにも俺は一度、深呼吸をした。  ……よし、大丈夫だ。 「俺、イマイチよく分かってないんだけど……。それって、俺が前に起こした魔力の枯渇とは明確に違うもの、ってこと?」 「うん、全然違う。それは【魔力が補給できればなんでもいい】って状態だけど、今のボクは【特定の相手じゃないとダメ】だから。そもそも別に、魔力が枯渇しているって状態とは言えないから、根本から違うよ」  なるほど。それは、確かに全然違う。  だけど、ようやく合点がいったぞ。【不調】にしては、カワイは確かに日常生活を普段通りに過ごせていた。あれは空元気とか強がりとかじゃなくて、根本的に俺の想像と体調が違ったってことなんだ。  自分は悪魔に対して知識が浅いとは思っていたけど、想像以上だった。……なんて、反省をしている場合ではないけれど。 「話してくれてありがとう。カワイからすると恥ずかしい話かもしれないし、本当は言いたくなかった話なのかもしれないけど……でも、俺は嬉しいよ」 「……うれ、しい? いやらしい目で、ヒトのことを見ていたのに?」 「うん、嬉しいよ。だって、カワイには俺がそれだけ魅力的に見えているってことでしょ? そんなの、嬉しいに決まってるよ」 「ヒト……っ」  カワイは俯いていた顔を上げて、俺を見てくれた。 「ずっと、不安だった。『ヒトに軽蔑されたらどうしよう』って。だけど自分の欲を抑えることもできなくて、結果的にヒトにはイヤな思いを沢山させちゃって……」 「やめてよ、カワイ。そんなこと言わないで」  カワイが自分を責める必要なんて無い。カワイが悪い面なんて、ひとつも無いんだから。 「正直に言うとね? 俺はカワイと付き合う前から、カワイに邪な目を向けていたんだよ。俺はカワイが思うような男じゃないし、だからむしろ破廉恥なのはカワイじゃなくて俺の方って言うか……」 「ヒト、顔真っ赤」 「わざわざ指摘するなんて酷いよっ」  ガンとショックを受けた俺を見て、カワイはクスクスと笑う。……良かった。カワイが、笑ってくれて。 「……うん。俺、カワイにはずっと笑っていてほしいな」 「ボクも同じ気持ち。ヒトには、ずっとニコニコしていてほしい」 「あははっ。こんなにお互いのことが大好きなのに、なんで擦れ違っちゃったんだろうね、俺たち?」 「そうだね。すごく不思議」  お互いに、笑い合う。打ち明けてしまえば、なんとも滑稽で情けない話に思えたからだ。  だから──なんて、言うのは少し変かもしれないけど。 「大好きだよ、カワイ。カワイが思っているよりも、俺はカワイが大好きだ」 「嬉しい。ボクも、ヒトが大好きだから」  自分たちの気持ちを、伝えたい相手に伝え合って。俺たちは、キスをした。

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