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 翌朝から、カワイはすっかりいつもの調子に戻っていた。  念のため不得意な早起きをしてみたものの、カワイからは『もう大丈夫』と言われて二度寝を促される始末。なんだか嬉しいやら、情けないやら……。  だがしかし、カワイが寝込んでいた短い間とは言え、俺だってほんの少し家事に触れてみたのだ。病み上がり……とは、少し違うけど。それでも、元気になったばかりのカワイにとって、俺だってなにかしらの役には立つだろう。  と言うわけで、なにかできることはないかと訊ねたのだが……。 「──ただカワイの作業風景を眺めることしか許されないとは……」  この通り、俺はカワイにもゼロ太郎にも、なにも求められなかった。トホホがすぎる。  いやでも、ポジティブに考えよう。こうして元気な姿のカワイを眺めていられるのだ。この早起きには、大いに意味があったじゃないか。 「ゼロ太郎に指示されるがまま使ってみたんだけど、そのスポンジってやけに小さいよね?」 「これは使い捨てのスポンジ。エツがオススメしてた」  と言うわけで、雑談を振ってみる。カワイは調理の手を止めずに、淡々と俺に返事をしてくれた。 「使い捨てだから、食器洗いをした後にシンクの掃除ができる。汚い部分を洗っても、すぐに捨てるから胸が痛まない。すごくすごい」 「へぇ?」  な、なるほど? イマイチ、ピンとこないぞ。  俺がカワイの言う凄さを理解していないと、カワイは気付いたのだろう。俺にも理解できるような言い回しを、カワイは瞬時に切り出した。 「しかも、お値段は三十個入りで税込み二百九十八円」 「すごくすごい!」  つまり単純計算、一日十円? それでどこでも洗えるのか、すごくすごいじゃないか!  ……ハッ! これは、なんだかいつもの日常らしいやり取りだったぞ。良かった、カワイは本当にいつも通りに戻ったんだ。  とは言っても、カワイに無理をさせていたのは俺のせいだった。カワイに対して紳士的でいようとした結果、こんなことになってしまったのだから。 「あの、さ。カワイ、俺……今まで誰かと、深く親密な関係になったことってないんだ」 「うん」 「だからって言って、言い訳みたいになるのは情けないと思うんだけど。俺はまだ、誰かとのお付き合いに不慣れって言うか、その……」 「うん」  調理道具を洗い終えたカワイが、手を洗う。それからカワイは、俺を振り返った。 「ヒトの言いたいことも、考えも、気持ちも、ボクに伝えたいことも分かるよ。だから、ムリして言葉にしなくて大丈夫」 「だけど、俺が上手じゃないせいで──」 「違うよ。それは違う」  カワイは俺に近付いて、俺の手を握ってくれる。  水に触れていたから、カワイの手は冷えていた。その冷たさが、この状況をより鮮明に俺へ訴えているようだ。 「ボクも、ヒトと同じだよ。親密な相手なんていなかったし、誰かとお付き合いするのも初めて。だから、ボクも不慣れ。ボクも、上手じゃない」  カワイは、ニコリと笑みを浮かべた。 「似た者同士、だよね」  カワイは俺に、誠実だ。カワイはいつも、俺に真っ直ぐぶつかってくれる。  勇気があって、格好いい。そんなカワイが俺なんかと【似た者同士】だなんて、恐れ多い気もする。  でも、と考えて。……ヤッパリ、カワイはすごく素敵な子なんだなって実感する。 「……そうだね。ふふっ。俺たちは似た者同士だ」  カワイの笑顔と、言葉。このふたつだけで、こんなにも心が軽くなるんだから。  いつか俺は、カワイに対して胸を張れる男になれるのだろうか。なんだか今は、そんな自分がちっとも想像できない。  だけど、これは悲観的な感想ではなかった。これは、希望に満ちた感想だと思う。  俺は、カワイにとって素敵な相手になりたい。世界ではなく、カワイただ一人にそう思ってもらいたいのだ。  だから、カワイの言葉からは勇気を貰った。そんな気持ちを抱かせてくれたお礼を込めて、俺は笑顔を浮かべる。 「カワイの手、冷たいね。……よし! 俺が温めてあげよう!」 「嬉しい。遠慮なくお願いするね、ヒト」  それから、カワイの冷えた手をギュッと握ってみた。

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