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第12話

「さあ、朝ごはんですよ」  李豊が先頭に立ち、侍女たちが公子たちの食膳を運んできた。 「食事が済んだら、それぞれ蘇老師の課題が残っていますよ」  文維に言われ、三人は顔を見合わせた。げんなりした表情をしていたが、すぐに目を合わせるとクスクスと楽しそうに笑う。 「さあ、早くいただきましょう」  小敏は寝台の上に食膳を置かれ、侍女が付き添って食事を始める。他の三人は、寝台から少し離れた場所に食卓を用意してもらい、全員が顔を見ながら、いつも通りに楽しく朝食を始めた。  食事を始めてすぐに、玄紀が言ったことに、全員が驚かされた。 「昨夜、私はとっても怖い夢を見ました。まだあの森の中に居て、何かに追いかけられる夢です」  小敏と煜瑾はハッとした顔で玄紀を見る。文維は何か考え込むようにジッと動かない。 「私も…、同じ夢を見ました…」  おそるおそると言った感じで、煜瑾が小さな声で口を開いた。 「私も、何かに追われて…。でも本当に森の中に居た時とは違って、1人だけで走って逃げていたから、とても恐ろしかった」  そう言う内に、もう繊細な煜瑾の顔色は青ざめている。 「…ボクも、同じ夢を見たよ」 「え!小敏兄様も?…じゃあ、文維公子は?」  文維は何も答えず、ただニッコリと微笑んだだけだった。ただ、幼い頃から一緒にいる小敏には、それが(私も同じだ)と言っているように思えた。 「幽霊が…、まだボクたちを怒っているのかな…」  心配そうに小敏が言った。それに同調するように玄紀と煜瑾も朝食を摂る手を止めて俯いてしまう。 「あの西の庭園には幽霊たちが住んでいて、近づく者を仲間にしたがるらしいですよ。…朱猫が使用人たちから聞いたそうです」 「ボクたちが仲間にならなかったから、怒って夢の中まで追いかけてくるのかなあ」  絶望的な顔つきで小敏が言うと、世話をしていた侍女が堪りかねてクスクスと笑いだした。 「本当に、公子さまたちときたら、まだまだ可愛らしいものですね」  その柔らかな声に、公子たちは救いを求めるように侍女の方を一斉に見る。  小敏は、昨夜の事を思い出し、侍女をまじまじと眺めるが、消えてしまった侍女とは似ても似つかぬような気がした。 「西の庭園に幽霊が住んでいるというのは、使用人たちの間では有名な話ですが…」  やっぱり、とでも言うように煜瑾はビクリとした。 「でも、公子さまたちを捕まえたり、怖がらせたりするような悪霊ではありませんよ」  侍女はニコニコとそう言って、小敏の粥の碗を受け取り、代わりに具だくさんのスープの入った碗を渡した。 「紅蘭夫人は、顧参緯さまに愛され、大切にされた夫人です。年老いた参緯さまが、この別荘に来られなくなって、お会いになれなくて悲しまれたでしょうけれど、悪霊になられるような方ではありませんわ」 「まるで、見知った人のように言うんですね」  玄紀が不思議そうに言うと、侍女は楽しそうに笑った。 「いやですわ、私がまるで幽霊のように仰って」 「違うの?」  思わず、昨日の侍女と重ね合わせ、小敏は疑うように訊いてしまう。 「違いますよ。でも、この辺りで生まれ育ちましたからねえ、紅蘭夫人の話は良く知っているんですよ」 「ふ~ん」  玄紀はまだ疑うようにジロジロと侍女を見詰める。煜瑾は居心地悪そうにしており、それに気付いた文維は、自分の近くに来るように手招きをした。ホッとした煜瑾は急いで文維の隣に寄り添うように座った。 「でも、あの西の庭園に行った人が戻ってこなかったって、李豊さんが…」  なぜか遠慮がちに小敏が言うと、侍女はまた明るく笑った。 「公子さまがたはお戻りになったではありませんか。あの森は、荒れ放題になっておりますでしょう?夜になると、本当に迷ってしまうのですよ。一本道だと思っていても、実はそうではないのです。何本にも小路が分かれていて、すっかり迷路なんですよ」  なんだかんだ言いながら、朝食を食べ終えた小敏に、薬湯を差し出し、侍女は仕事を終えた。 「嘘だと思うなら、お昼間に行ってごらんなさい。真っ直ぐに行けばすぐそこだと思いますけど、似たような小路がいっぱいあるのがわかりますよ」 「そうか、昼間なら!」  小敏が元気よく言うと、文維が渋い顔をして、たしなめた。 「いい加減にしなさい、小敏。その怪我で、まだ人に迷惑をかけるつもりですか」 「…ごめんなさい、文維兄上…」  残念そうに、でも素直に小敏は俯いた。そんな小敏の食膳を片付けて、侍女は部屋を出ようとしていた。 「公子さまがたが同じ夢をご覧になったのは、よほど西の庭園で迷子になったのが恐かったからですよ。怖い魔物が追いかけてきて、後ろからガッチリと掴まえ、ワ~っと襲われ、自分たちが食べられちゃう~と思ったからでしょう」  侍女が冗談たっぷりに言うと、恥ずかしさを誤魔化すように、少年たちは笑った。 「公子さまがたのようなイイ子たちに悪さをするような怖い物は、この別荘にはおりませんよ。そうでなければ、私たちだって安心して働けませんもの」  明るい侍女の笑顔に、少年たちは救われたように思った。 「この別荘で一番怖いのは、李豊さんかもしれませんよ。昨夜の事で、きっとお説教が待っていますからね」  侍女の言葉にハッとした少年たちだが、すぐに顔を見合わせてニンマリと笑った。少年らしいヤンチャな笑いだった。  侍女が出て行くと、今度はまた別の侍女たちが他の少年たちの食膳を片付けに来た。  それらを見守りながら、少年たちは小敏の寝台に集まり、楽しそうに初めての共犯意識を味わっていた。 「ねえ、廷振王子には叱られるかなあ?」 「馬球の練習はどうなるの?」 「小敏は、どうするの?」  ただ、包文維だけは1人離れたところで静かに微笑んでいた。  文維は1人、別の事を考えていた。  なぜ、何者かに追われる夢としか言っていないのに、あの侍女は少年たちが夢の中でその後、何者かに掴まり、襲われたことを知っていたのだろうか、と。  それが偶然なのか、何か意味があるのか、文維はこれ以上考えることはせず、年下の子たちが早くイヤなことを忘れてくれるよう願うだけだった。

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