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第6話 アイスティーの罠6

 千秋の視線はくすぐったいが、嫌ではない。  思えば、これまでの人生では他人から注がれる視線というものは常にマイナス感情が伴ったものだった。怯えられたり警戒されたり、遠巻きに俺を窺う人々の目は刺々しく冷たかった。  だが、千秋の目は温かい。  満開の桜を見あげる人々の優しさと喜びに満ちたあの目に似ている。 ――すげえ綺麗な人だなって思って。 ――俺、あなたに一目惚れしたんです。  千秋の言葉を思い出すと、胸の奥が温かくなる。  嬉しいのかもしれない。誰かに好かれているという初めての状況に舞い上がっているだけかもしれない。  だから千秋を突き放せないだけで、俺は千秋を利用しているのかもしれない。  そう考えるとすこし胸が痛む。  俺はどうしたらいいんだろうか。 「土野さん」  ふいに呼ばれて心臓がどくんと跳ねた。 「……なんだ?」  千秋がじっと俺を見つめ、白く長い指がすっと俺の頬に触れた。  びくっと身を引いた俺に、千秋はすこし笑った。 「すみません、顔、ちょっと赤いなーって思って。具合悪くないですか?」 「……そうか?」  体調は悪くない。千秋が傍にいると温かい感じがするが、それはいつものことだ。  だが、言われてみれば今日はいつもより暑い気がする。冷房はつけているが、七月に入って暑い日が続いているから早くも夏バテだろうか。 「なんともない、大丈夫だ」 「それならいいけど。無理しちゃダメですよ」  背中に千秋の手が触れた瞬間、ぞくぞくと甘い刺激が走った。 「っ……、ぅ」  なんだ? 体が熱い。なぜか急に股間がムズムズと疼く。なんなんだ?  ちょっと水でも飲んで落ち着こう。立ち上がると足腰に力が入りきらずにふらついた。 「土野さんっ?」  千秋が支えるように俺の腰を抱く。足がもつれて千秋に寄りかかってしまった。密着した千秋の体温を服越しに感じて、股間の疼きがますます酷くなる。 「本当に大丈夫ですか? 熱、あるんじゃないですか?」  耳のすぐそばで囁かれた声にまでぞくぞくと甘ったるい刺激を感じて俺はうろたえた。  なんなんだ、これは。体が変だ。  とにかく、千秋から離れた方がいい。 「なんでもない、ちょっと、……熱っぽいだけだ。今日はもう帰るから」 「俺、家まで送りますよ」 「いい、大丈夫だ」 「でもつらそうだし」  千秋がまた俺の頬に触れた。ほんのすこし頬を撫でられただけで、一気に熱が上がった気がした。 「ん、……ぅっ」  立っていられずにしゃがみ込む。  一緒に座り込んだ千秋が探るように俺の顔を見つめている。  顔が熱い。たぶん、真っ赤になっている。隠したくてうつむいた。 「大丈夫だから、もう帰ってくれ」 「全然大丈夫そうに見えないですよ。体すごい熱くなってるし」  首筋を包むように手を添えられ、その指先が耳たぶに触れる。たったそれだけの刺激で股間が痛いほど張り詰めた。  なんで、こんな。絶対に変だ。千秋にバレる前に離れないと。 「っ、よせ、触るなっ」 「……でも、体に力も入ってないし」  俺の腰を支える手にぐっと力が込められ、首から胸元へと滑り落ちた手がなぜか硬く尖った乳首を掠めた途端、俺の体がびくびくと震えた。今まで感じたことのない鋭く甘い刺激が胸から頭のてっぺんまで駆け上がって、背筋を下って股間へと流れ落ちていく。 「ひっ、ん……っ!」  咄嗟に体を丸めて刺激に耐えた。 「土野さん……?」  探るような千秋の声にただ首を横に振った。  体が変だ。いますぐ一人になって熱くなったものを弄って楽になりたい。  頭の中はそれでいっぱいになっていく。  千秋の腕を掴んで首を横に振った。 「千秋、……悪いけど、離してくれ。トイレ、行きたい」 「トイレ? お腹痛いですか?」  心配そうな千秋を押しのけて立ち上がろうとしたが、硬くなったものが下着に擦れて前のめりに倒れ込んだ。 「んっ、ぁ……っ!」  床にうつぶせて股間に伸びそうな手でベルトを掴んで耐える。  体が熱い。変だ。どうしたんだ、俺は。  なんで急にこんな。  吐いた息が熱い。さっき飲んだミルクティーの甘い香りが鼻を抜けていく。  マドラーを舐めていた千秋の顔がふと頭に浮かんだ。まさか。あの砂糖。  視線を上げると千秋と目が合った。  いたずらが見つかった犬のようにこちらの顔色を窺うような目をしていた。  こいつ、何か仕込んだな。 「ち、あき、……っ、さっきの……アイスティー、っなにか、しただろ……っ」 「ご、ごめん、こんなに効くと思わなくて」 「なに、を……?」 「えーと、強壮剤、みたいなやつ。ほら、前に土野さんが恋人はずっといなくて最近元気なくてそんな気にもなれないって言ってたから、元気つけてもらったらもうちょっと俺のこと考えてくれるかなって思って」  そういえば数日前にそんな話をした気がする。  だとすれば俺が悪いのか?  ずっと千秋の気持ちを無視しようとしていたから、こんな事をさせてしまったのか。 「ほんとごめん。トイレ、連れてくの手伝うから」  千秋が俺を抱き抱えるようにして立たせてくれたが、密着するとますます体が昂る。  いつもならほんの十数歩のトイレまでの距離が長い。  一歩進むごとに下着が濡れていく。

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