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第5話 理由

 テーブルに亮が作ったたくさんの料理が並べられた。  チーズを餃子の皮で包んで揚げたもの、  一口でインスタントではないとわかるクリームグラタン、  海老と枝豆が入った彩りの綺麗なマリネ、  グリーンレタスの器でできたような、たっぷりの豆やトマト、きゅうりやコーンで溢れるチョップドサラダ、  ブロッコリーとイカが乗ったペペロンチーノ、  鶏肉を蒸したものはガーリック風味の辛そうな赤いソースをまとっていた。  どの料理も彩りが綺麗で、とても美味しかった。 「これ全部、亮が作ったの?」  康太は次第にワインの酔いが回り、重かった口は滑らかに動き始めた。 「そうか、亮の家はもんじゃ屋さんだもんね。お料理は得意なんだね。中学生の頃はよく食べさせて貰ったよね。また行きたいな」  亮はフォークを皿に置くと、遠い目をして窓の外の夜景に視線を向けた。 「もう無いんだ、あの店」  康太はひと息分の間を取り、豆のサラダに伸ばしていたスプーンを手元に置いた。 「なくなっちゃったの?」  康太は望ましくない方向へ話を向けてしまったことを心の中で悔やんだ。 「今はさ、本場の月島に店を構えてるよ」 「そうなの? 凄いや」  康太は満面の笑みを浮かべて喜んだ。頭の中には優しい亮の両親の顔が甦る。 「それさ、蕪木先輩のおかげなんだ」 「えっ?」  亮は康太との時間の隔たりを埋めようとするかのように、少しづつ話をし始めた。それは亮と康太が高校を卒業してからの話だった。  康太が足繁く通ったもんじゃ屋「狩人」は、地上げ屋の嫌がらせで客足が遠のき、ついには経営が厳しくなり立ち退かざるを得なくなった。  いよいよ今日で店仕舞いだという日に、ふらりと蕪木が店に顔を出し「狩人」の厳しい事情を知ったそうだ。    その翌日、店の整理をしているところへ再び蕪木が現れ、月島に手頃な貸店舗があると告げた。  あまりに急な話に、半信半疑だった亮と彼の両親は、蕪木に連れられて月島にある店舗に半ば強引に連れて行かれた。  そこは、以前もんじゃ屋を営業していた店舗で、明日からでもすぐに営業できそうな、いわゆる「居抜き」と呼ばれる物件だった。  だが月島と言えば、もんじゃ焼きの激戦区だ。当然のように亮の両親は二の足を踏んだ。  そこで蕪木はこう言ったそうだ。 「周りの店と同じものを出していれば、おそらく商売としては生き残れませんよ。そこで僕に考えがあります」  そう言って蕪木が取り出したスケッチブックを見て、その場にいた誰もが驚いた。色鉛筆で描かれていたのは鉄板に乗ったピザだった。 「ピザ?」  亮の話の途中で、思わず康太は音程のズレた歌のように素っ頓狂な声をあげた。 「そうなんだ。あの時、蕪木先輩が見せてくれたプランはピザの絵だった」  目を剥く勢いでスケッチブックをのぞき込む亮と彼の両親は、ごくりと唾を飲み込んだ。 「でもね、蕪木さん。いくら何でももんじゃ屋がピザだなんて。どうやったらそんな芸当ができるのかしら?」  一番に口を開いたのは亮の母親だった。 「お二人は長年もんじゃを商売にされていたんですよね? それなら仕入れも問屋と長い付き合いがありますよね?」 蕪木の言葉に亮の父親が食いついた。 「あたりめえだろ。こちとら東京の西の端っこで二十年も商売してきたんだ。きちんと問屋とは付き合ってきたもんさ。支払いだってビタ一文値切ったことはねえさ」 「流石ですね。それならその問屋さんとはまだまだ長い付き合いが続きますよ。このピザの材料はもんじゃと全く一緒ですから」 「ええ? もんじゃと一緒だって?」  蕪木はスケッチブックをめくり、マジックで書かれたピザの図面のようなものを指差した。 「まずはシーフードピザですが、これは海鮮もんじゃと同じ具材です。えび、いか、ホタテ、確か狩人さんではあさりも使ってましたよね?」 「ああ、そうとも。あさりは旨みが詰まった食材だ。最近は千葉あたりで獲れたやつが最高だな。それに千葉なら岩牡蠣だよ。まあ一年中獲れる訳じゃねぇからさ。季節によっちゃあ冷凍もんも使うがね」  亮の父親の口上はそれから延々と続いたそうだ。亮と母親は長らく見ることもなかった狩人の主の饒舌さに、思わず相好を崩した。 「そこで思い出して欲しいのですが、もんじゃ焼きに一番大切なものは何ですか?」 「そりゃなんてったってお粉よ。しけたお粉を使ってたんじゃ、全てが台無しだからね」  そこで狩人の女将が口を挟んだ。 「そうだな。やっぱりそこは群馬の小麦粉が一番だよな。からっ風とお天道様が授けてくれた品種『さとのそら』が最高ってもんだ」 「さとのそら、ですか。いい名前ですね。もんじゃにいいということは、ピザ生地にもいいはずですよ」 「ピザ生地か」  亮も、亮の両親もピザ生地を鉄板で焼くことができることを知らなかった。 「ステーキやお好み焼きを焼く時に、こんなステンレスのボウルを逆さまにしたような調理道具を見たことはないですか?」 「あるわね。ウチじゃ使ってなかったけどさ」 「それからチーズも?」 「チーズは隠れた主役ってくらい大事なもんだ。もんじゃを洋風にしてくれるからな。もちろん上質なチーズを揃えてたもんだ。ゴーダにモツァレラ、チェダーチーズってとこかな」  そこで三人は顔を見合わせた。ピザに使う材料はもんじゃ屋に全て揃っていることに気付いたからだろう。 「今じゃもんじゃ屋で食べられるピザってことで評判になって、グルメ雑誌なんかも取材に来るほど繁盛してるよ。おまけに蕪木先輩の提案で、値段は一枚、三百五十円さ。安いだろ?」  亮の言葉に、康太は目をパチクリさせて驚いた。 「三百五十円? ピザが?」 「サイズを加減したんだよ。直径が十五センチ位にね。仕入れは今までと変わらない。だから安くできるのさ」  蕪木が笑顔を添えて語った。康太はその笑顔に思わずドキリとした。 「あくまで商売だ。本当に流行るまではハラハラものだったよ」  康太は蕪木の一言一句に、その口元に、すっかり心を奪われていた。 「店の名前も変えたんだぜ。狩人の読み方はそのままで、花に流れるに人と書いてかりゅうどさ。これは俺が考えたんだ」  亮が胸を張り、自慢げに話した。  康太はいびつに絡み合っていた心がゆっくりと解けていくような気がした。  嫉妬の対象にしか見えなかった蕪木先輩が、本当はとても優しい人で、それどころか亮とその両親のために一生懸命になっていたのだ。亮が先輩を大切に思うのは当たり前のことなんだと。

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