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第1話 目が覚めたら雨が止んでいたから
「……ょう、……りょうってば、」
夢の中で自分を呼ぶ声がする。
なぁ、はやく、はやくってば。
その声は次第に大きくなり、そして揺れ始めた世界に差し込んだ光。
「っん……」
あまりの眩しさに眉間に力が入る。世界は尚も揺れ続け、光はチカチカと行ったり来たり。
何かが起こっていた。
確かに何かが。
それを知るためには目を開けなければいけない。けれど、微塵も起きたくない。起きる気力がわかない。寝た気がしない。就寝は2時だった。正確に言うと2時過ぎていた。もっと正確に言うと3時近かった。
体感30分も眠っていない、多分。
もっと寝たい、せっかくの休日に。
なのに、絶えず自分を呼ぶ声が聞こえる。
「なぁってば!なぁ!なぁなぁなぁなぁなぁっ!!起きろよっ!!」
リズムよく揺さぶられる体に、仕方なく深い淵に揺蕩っていた意識を浮上させ目を開ける。
「っう」
瞬間、スマホのライトと目があった。
あまりの眩しさに上げた瞼をもう一度閉じる。
「あ、こら!起きろって」
何が、こら!なのか。
目を閉じた元凶を消しながら自分を叱る男に問いたい。
「ほら、目開けろって」
言いながら俺の両瞼を両指で持ち上げているこの男に、その正当性について。
「起きたか?」
「……お、きた」
「よし、偉いぞ。じゃぁコート着て」
「あ?」
「コートだよ!ほら起きて!起き上がって!コート着て!」
ベッドに体を乗り上げ俺を跨いだそいつに両手をグイグイと引っ張られ、頭だけ枕についてる状態で、何故を問えば何を言ってるんだと言わんばかりの声のトーンで「コート着なきゃ寒いだろ」と返ってきてゆっくりと顔をあげる。
「あおさん」
「なんだよ」
「今何時」
「6時」
「どこにいくの」
「屋上」
「なんで」
「なんでって」
そりゃ、雨が止んだから。
****** ****** ******
「寒いなぁ」
頭上まであるフェンスにもたれ、隣で鼻を赤く染めたあおさんが笑う。
手にした保温マグから白い湯気が見える。
お前の分もある、と渡された揃いのそれを受け取って、しばらく上機嫌に鼻歌を歌う人を見つめていると、白の向こうで彼がゆっくりと微笑んだ。ふにゃり、丸い目を弧にして、甘く柔らかに。
それを照らすように、空が色を変える。
宵闇に藍が混じり朱が散り、次第に浮かび上がった薄明が朝の始まりを告げた。
屋上に出来た水溜りに、夜明けの色がキラキラと降るのを指さして「きれいだろ」とあおさんが言う。
「……日の出、見に来たのかと」
「え?なんで?」
「いや、だって」
「太陽は毎日登るけど、水溜りは雨上がりにしかみれないだろ?」
キョトンとこちらを見る顔はまるで不思議な話でも聞いたかのようで、次の瞬間にはもう「長靴でくればよかった」と残念そうに眉を下げている。
そんな彼の頬にそっと触れる。
「手、つめた」
瞬時にひゃっと首を引っ込めたあおさんは、俺の手を取り、自分の手ごと俺のコートの中にそれをつっこんだ。
「ふふ」
「なに」
「幸せだなって思って」
光彩陸離とした笑みを前に、トクンと幸せの音が聞こえた。
「あおさん」
「うん?」
「俺、ねむい」
「ははは、俺も」
「部屋帰って寝ていい?」
「うん、いいよ」
「あおさんも」
「うん」
一緒に寝よう。
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