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第2話 縮むとか縮まないとか伸びたとか伸びないとか
「りょう、りょう、りょう、りょう、りょう!」
玄関からバタバタと駆けてきたあおさんがヒラヒラと薄っぺらい紙を振った。
数分前、買い物に行くと言って出掛けたはずなのに。
当たり前に買い物など済ませてもいない彼は、お気に入りの濃灰のニットキャップから覗く瞳をランランとさせて、口角をニヤつかせていた。
その顔に内心、舌打つ。
こういう顔をする時のあおさんは中々に腹立たしい。俺をからかう為に全力を注ぐからだ。
今のところ、回避方法は……ない。
「これ見て、これ」
ヒラヒラとこちらに寄越した紙を受け取る。上段に健康診断結果と記載されたそれ越しに目をやると、あおさんは上機嫌にお気に入りのオーバーサイズのダウンコートを脱いで、ポンと床に投げた。マスクとニットキャップも乱雑に投げて、俺を見て含み笑いを浮かべる。
ズイっと長い指がひとつの項目を指さした。
「見て」
「なに」
「俺、身長伸びた」
「は?」
「身長伸びてるだろ、見て」
ニヤリ、笑うあおさんの指先を追う。
「……183せんち」
「な、伸びたろ」
「去年何cmだよ」
「182.7」
「誤差の範囲だろ」
「ふ、ふふふふふ」
「何だよ」
「ふはははははっはははっは」
「だから何だよ!!」
高らかに笑い声を上げるあおさんがポンポンと俺の頭を撫でる。それを振り払うとあおさんは少しだけ垂れた目元をふにゃりと下げた。
「大丈夫、おまえもまだまだ伸びるよ」
元気出せ、な。と背中を震わせ彼はキッチに消えていく。
「昼食作るからたくさん食べるんだぞ。お前身長縮んでたしな」
クフクフ、止まない笑い声に大きく舌打ちをする。
「0、1mmなんてそれこそ誤差だろうが!」
だいたい俺だって180は超えてるんだぞ!言いながら彼を追う。
「うんうん、そうだな。かわいいよ」
冷蔵庫を漁りながら、あおさんが適当に相槌うつ。炒飯にするかぁ、しゃがみ込みネギを手にした彼のセーターとジーンズの間で白い肌が顔を出していた。その背骨から尾てい骨のラインに思わず口元が緩む。
「あおさん」
「んー?」
「今すぐ俺がデカくなったらあんたどうする」
「んー今すぐ?」
「そう」
「はは、本当にでかくなったら何でも言うこと聞いてや、」
「言ったな」
何かを察したらしいあおさんが、慌てた様子で立ち上がりバッとこちらを振り返る。そのタイミングで彼の細い腰を抱く。
グッと押し付けたそこに数cm先の彼が目を見開いた。
「まてまてまてまてまてっ!何の話だ!!」
「何ってナ」
「言うなっ!!黙れ!!」
「あおさん」
観念しな、男に二言はないだろ。
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