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第4話 まぁ、いつかな。なんて言ってみる

『そういえばお前彼女は元気かよ』 『あの全然紹介してくれない恋人だろ』 『俺は信じてないけどな。妄想だと思ってる』  がはははは、ありえるな。画面越しに高校時代の悪友が酒を煽りながら大口を開けて笑う。ひとりは腹を抱えひとりは膝を叩いている姿を眺めながら「まぁ、元気だけど」と返せば一瞬にして‘友人A’の動きが止まった。 『りょう、嘘なら嘘だって言っていいんだぞ』 「何が嘘だよ。元気だよ」 『すげぇ美人だけど飾らなくて料理上手な6つ年上のモデル体系なんて夢設定盛り込んだ彼女がこの世に存在するわけねーだろっ!!』  ガタンっと椅子から立ち上がった奴の画面が揺れる。両手でパソコンを揺すっているらしい。  ギャハハハハハッ!笑い上戸の‘友人B’が笑いすぎて画面から消えた。  ‘友人C’はつまみのナッツを画面に投げつけている。 「夢設定……か?」 『どこからどうみても「妄想おつ」だろうが!お前イケメンじゃなかったらただのイタイ奴だからな!』  揺れる画面は尚も揺れる。 『だっっめだっ!!笑いすぎて腹痛ぇっ!!』 『夢設定それだけじゃないだろ』  ずっと忘れられなかった初恋の人がある日突然家庭教師でやって来た、だっけ。‘友人C’の言葉に‘友人A’が動きを止めた。‘友人B’はグフグフと笑いを堪えている。 「なんだよ、事実なんだからしょうがないだろ」  そう返すと、突然画面がフリーズした。  今の今までうるさかった3人の動きが一切ない。 「……電波悪いのか?」  一回落とすか。パソコンに手を伸ばしたところで止まっていたはずの3つの画面が一斉に揺れだした。  怪奇現象じみたそれに「ひっ」と喉がなる。  次の瞬間怒涛の喧騒が押し寄せた。 『お前イケメンだからって調子のんなよ!』 『ぎゃはははっははっはは』 『‘友人D’の設定盛り込み過ぎて俺ら永遠のモブキャラだもんな』  ワーワーギャーギャー、うるさ過ぎる3人の咆哮と笑い声に片耳を指で塞ぐ。  月一のオンライン飲み会、最近のやつらの酒の肴はどうやら【これ】らしい。‘友人A’が最近振られたことに起因しているのか、会話の行き着く先が常に【俺の彼女】なことにゲンナリとしている。  やかましい画面を横目に手にした酒を一口。ついでに小さくため息をついたところで、背後から控えめなノックが聞こえ振り返る。 「りょう、ただいま」  ほんの少しだけ開いたドアの隙間から、あおさんが顔を覗かせた。  ふにゃり、笑うその顔に僅かに疲労が見える。 「おかえり」  小さく、そう返したはずの声を耳ざとく聞いていたのだろう‘友人B’が『あれ?あおさん?顔見せて!』と叫ぶ。それに倣えで‘友人A’も‘友人C’もあおさんの名を呼ぶ。  仕方なくあおさんを手招く。  力の抜けきった表情でふにゃふにゃと笑うあおさんが部屋に入ってきて俺の座る椅子の背面から画面を覗き込んだ。 「わー。みんな久しぶりだね」  あおさんがヒラヒラと手を振りながら、ミルクベージュのチェスターコートをゆっくりと脱ぎ捨てた。 「あ、こら。ちゃんと掛けろって」 「あとでやる」 「そう言ってやった試しがないだろ」  俺がやるから、ここ座ってな。立ち上がりながらあおさんの腕を引き、今まで自分が座っていたデスクチェアへと座らせる。 「ちょっとこいつらの相手してやって」 『うんうん、あおさん、相手して』  ニコニコとBが笑った。 『あおさん相変わらずめっちゃかっこいいね』  画面越しでも見惚れる。とAが溜息をついた。 『あおさん、本当に何着ても似合うね』  白のハイネック姿のあおさんをCがまじまじと見つめる。 「はは、俺すごい褒められてる。嬉しい」  ご機嫌なあおさんの声を背に部屋を出る。  玄関脇の3畳ほどのウォークインクローゼットにコートを掛け、そのまま自室を通り越して、酒は飲まないあおさん用のカフェオレを作るべくキッチンへと向かう。  開けっ放しの扉の向こうから、あおさんの笑い声と3人の喋り声が聞こえた。  どうやら入室時に打ち込んだ名前に興味を持ったらしいあおさんが「これ面白いね。AからDまでうまいこと分かれてる」と笑う。それに内心「この間は全員Dだったけどな」と苦笑して、その場を後にした。  フレンチプレスで濃いめに入れたコーヒーに温めてミルクフォーマーで泡立てた牛乳を注ぐ。そこにヘーゼルナッツシロップを垂らして、あおさんお気に入りのシルバースプーンをマグに入れて出来上がり。  自分用の炭酸水とそれを両手に部屋に戻ると、どういうわけか、あおさんは首筋までを真っ赤に染めていた。 「顔、あか」  ん、と差し出したカフェオレを受け取ったあおさんの視線が泳ぐ。 「あおさんに何言ったんだよ、お前ら」  あおさんが座る椅子に寄りかかり、炭酸水のキャップを開ける。それに口をつけながら画面を見ると3人が3人共ニヤついた顔を浮かべていた。 『お前の彼女の話だよ、あおさん知ってるかなって』 『そうだよ!お前の恋人自慢あおさんに聞かせてたの!』 『あおさんなら会ったことあるかなって』  何事においても冷静なお前が唯一心乱す人。悪友共のセリフにあおさんがついに俯いた。何が、そんなに恥ずかしいのか。つむじから湯気が見えそうなほど茹で上がっている。 『あおさん?大丈夫?なんか顔が……』  ‘友人C’が言いかけた言葉に「だ、大丈夫」と顔をあげた彼が両手に持ったマグに口をつけた。  ホッと息吐いてから、あおさんがこちらをチラリと見た。真っ赤に染まった頬がさくらんぼみたいでかわいい。 「りょうの、パートナーがその、りょうの言う通りかはわからないけど」  その人もりょうのこと大好きなのは知ってるよ。はにかんだように笑ったあおさんに、飲んでいた炭酸水が喉につまって盛大にむせた。 「げっほげほげほげほっ!」と止まらない咳にたち悪く「ふふ」とあおさんが笑う。画面の向 こうで『ぎゃはははだせぇっ!』と笑う声と『ふざけんなラブラブかよっ!』と叫ぶヤジを聞きながらあおさんを睨む。 「お、ぼえてろよ、あおさん」 「ふふ、もう忘れた」  あおさんが立ち上がった。 「俺はこれで退散するよ。みんなまたね」  ヒラヒラと手を振ってあおさんが部屋を出ていった。それを合図にそろそろお開きにしようと声かける。それは案外すんなりと受け入れられた。夕方から4時間近く飲み続けてネタも体力も尽きたらしい。 『だな、じゃぁまたな』 『次の入室ネーム好きな動物な』  ‘友人A’と‘友人C’の画面が消える。  残った‘友人B’がニコニコと俺に言った。 『なぁ、りょう。いつか、ちゃんと俺らにあおさん紹介してよ』  そのセリフに「は?」を言う間もおかず『んじゃな』とBの画面も落ちた。  しばらく、真っ暗な画面を見ているとテーブルの端でスマホがなった。  バーカ。とっくに、気付いてるよ。  そんなメッセージにポリポリと頬かいてあおさんの元に向かう。  恋人としてあんたを紹介したい、と言ったらこの人は一体どんな顔をするだろうか。    そんな事を考えながら、キッチンに立つあおさんを背からそっと抱きしめた。

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