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第10話 蕎麦が伸びたのはお前のせい @あおさん
「……おせ、ち」
ベッドの上、背面から抱き込まれたまま浅い眠りについていたそこに鳴り響いたチャイム音が無理矢理に意識を覚醒させる。時計は18時を少し過ぎたところを指していて、頼んでおいたおせちが宅配されたのだろうと、ボーッとしながらもそこに思考が行き着く。
腰に回された腕をどかせ、起き上がろうと体を動かすと後ろでりょうがのったりと起き上がった。
「寝てな、俺いくから」
こめかみに唇が触れた。そこからゾクリと欲がわく。腹奥にじっくりと灯った快楽の焔は長く長くそこで揺れる。激しさがない分、消えないそれは、たちが悪い。
りょうがスエットのズボンだけを身につけて、ポリポリと脇腹をかきながら寝室を出ていこうとする。その背に床に落ちていた上着を投げる。
「……ちゃんときろ」
ぽすんと背に当たったスエットを拾い上げたりょうの顔がニヤついている。
「なんだよ、はやくいけよ」
形だけ睨んで見せると、生意気な恋人は更にニヤついて袖を通しながら玄関に向かった。
それを見送って、頬を枕につける。
気だるい、うえに眠い。それもそのはずだ、眠ったのはついさっきで、丸一日ゆるゆると抱き合っていた。
『気持ちいい? あおさん』
幾度となくかけられるその言葉に何度も何度も頷いた。その度に心底嬉しそうに笑うから、こちらのほうがたまらなくなる。
愛しさと頭の中が焼き切れるような絶頂がない混ぜになって、自分が溶けていくあの幸福を、どう伝えればいいのか。自分はこんなにも幸せなのだから、りょうだってもう少し自分本位でも構わないのに。
「すきにしていい、って、言ってるのに」
返ってくる言葉はいつも決まってる。
『今、してる』
吐精しない変わりに深い場所でイク体に合わせて、その都度止められるりょうの動きは、本人の欲を一切無視している。
現に、多分あいつはイッてない。
「……クソガキのくせに」
「誰がクソガキだよ」
いつの間に戻ってきたのか、りょうがさっきと同じに背後に寝そべって、長い腕を俺の腹部に巻き付かせた。
グッと寄せられたお互いの肌の温度に心臓がキュッと鳴る。
「おまえ」
クルリ、体を反転させる。
数十センチの先でりょうが不服そうに眉間にシワを寄せた。その下の形のいい鼻を摘む。
「生意気」
「どこが」
「……またイッてないだろ」
「イッた」
「嘘つくな」
「本当だよ、あんたが気がついてないだけ」
ぺしっ!音立てて手の甲を叩かれ「疑うならゴミ箱見ろ」と指を指される。
「何回も言うけど、心配しなくても俺は俺のしたいようにあんたとシてるよ」
「……本当かよ」
「本当。あんたのこと全身余す事なく中まで触ってんだろ。それだけで頭おかしくなりそうな位気持ちいいんだよ」
俺がどれだけ幸せかどう言や伝わるんだよ。りょうの鼻先が俺の鼻を撫でた。
「それに俺、結構自分勝手だと思うけど」
「……どこが」
ゼロ距離でりょうの頬に触れる。
そのまま、柔いそこを伸ばす。
教えない、りょうが笑った。
端正な顔の目尻をこれでもかというほど下げて、締まりのない顔で、けれど幸せそうに。
触れ合った肌から、お互いの鼓動が聞こえて、どちらからともなくキスをした。
「少し寝よう。あおさん」
その言葉に頷く。
りょうの心音が心地よいリズムを刻み、とろり、意識が落ちる。
起きたら、蕎麦を茹でよう。
新たな一年もまた二人が幸せであるように願いながら。
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