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第14話 明日覚えてろよ① @あおさん

「内間の店に顔出して来る」と言ってりょうが出掛けたのが夕方。  自分で店を切り盛りしている内間くん(常に笑顔を絶やさないあの子だ)を含めての友達との交流だろうと特に何も言わずに見送った。  りょうは、明日も休みだ。  多分帰りは日付を跨ぐだろうし、夕飯は適当に済ませてちょっと仕事をしよう。で、さっさと寝よう。  と、つけた算段は案外早くに崩れた。  パソコンに向かう中で聞こえた呼び出し音に横に置いたタブレットを起動させる。インターホンのカメラがそこにりょうとどういうわけか困ったように笑う内間くんを映し出して、慌てて玄関に向かう。  解錠した玄関ドアの先で内間くんはやっぱり困ったように笑って、突然、ガバリと勢いをつけて頭を下げた。 「あおさん!本当にごめん!ちょっと手違いがあってりょうにワイン飲ませた!」  ヒクリ、頬が震えた。 「え」  内間くんが下げた頭を戻しながら隣のりょうに目をやった。それにつられ自分も視線を向ける。特段変わった様子はないように見えるりょうは、ただ静かにそこに立っていて、真っ直ぐと俺を見つめるその目が……据わっていた。  知らず半歩後ろに下がる。 「本当にごめん!俺、店をバイトの子に任せてるからもう行くけど、お詫びは必ずするから!」  じゃ、言って脱兎の如く去った内間くんの背に思わず手を伸ばす。それを、ゆらりと掴まれる。 「……あおさん」 「あ、お、おかえり、りょう」 「……ん、ただいま」  掴んだ腕を離しのったりとした動きでたたきを踏んだ酔っ払いが乱雑にスニーカーを脱いで、常ならば絶対にしないであろう、廊下に黒のダウンコートを腕から抜いたままの形で放置する。動きひとつひとつがのろい、そのうえで視線がずっと俺を捉えているから下手に動けない。 「りょ、りょう、くん」 「……あ?」 「上着、あおさんが片付けてやるから」  手を洗ってリビングに、言ってコートを取ろうとりょうの脇に手を伸ばす。  その腕を、再度掴まれた。 「……はらへった」 「へ!?」 「……はら、へった」 「あ、あぁ。そう、そうか。じゃぁコート掛けたら何か作るから」  とりあえず、腕を離そう、な。ギュッと掴まれたそこに手を重ねる。  りょうはただじっとこちらを見つめていて、背中に嫌な汗が伝った。  そもそも、だ。  そもそも何故りょう相手にこんなにビクつかなければならないのか。  それには大きな理由がある。  元々、酒に強くないことを自覚しているりょうは、歳のわりにはめを外す事もなく、飲む量もペースも自制出来ているように思う。それでも相応に酔うのは仕方がないし、目の前にいるのがただの酔っ払いならば気にもしない。  問題は今日りょうが口にした酒の種類だ。  本来その種類によっての酔い方に大差などないように思う。けれど、違うのだ。りょうの場合微妙に変わる。泣き上戸だ、笑い上戸だのその程度の差なんて可愛いもので。  それがワインとなると途端に笑えなくなる。  とにかく、たちが悪い。  それを初めて知ったあの日、口酸っぱくりょうに言い聞かせた。 『二度とワインは飲むな』  念のために誓約書も書かせた。  俺の儘ならぬ態度を察したりょうもあの時頷いた。りょうにワイン飲ませるべからずを周知徹底したはずなのに。いや、それを面白がる子達じゃないと知っている。言った通り本当に手違いなんだろう。 「……ふろ、はいった?」  腕を離せと言った俺の言葉を無視したりょうが首を傾げた。それにフルフルと頭を横に振る。  このりょうを刺激したらヤバい。  あの夜嫌というほど味わった。  あれは、ヤバい。  本当に、ヤバい。  主に、俺が。 「入ってない、けど明日にして寝ようかな。あ、りょうも一緒に寝よう、な」 「……て、あらう」 「あ、うん。だな。手洗って軽く食べて寝ようか」 「……ん、て、あらう」  コクリ頷いた後にあっさりと手を離した酔っ払いが洗面所に向かった。それに胸を撫で下ろしてコートを拾う。  もしかしたら今日は大丈夫かもしれない。“あれ”が強烈だったからちょっと考えすぎただけで今日はこのままやり過ごせるかも。  ウォークインクローゼットにコートを掛けながらそんなことを思って、振り返ったちょうど背後にりょうが立っていた。 「ひっ」  気配なく背後を取られ少しばかり驚いて喉が引き攣る。 「び、っくりした。手洗ったのか?」 「……あらった」 「そ、そうか。なら」 「……はら、」 「うん、お茶漬けでも作」 「……ちがう」 「え?じゃぁ、うど」 「……あんた」 「へ」 「あんたを食う」  真っ直ぐとこちらを見るりょうの眼光が光った。咄嗟に逃げを打った背後はハンガーラックで、逃げ場はないことを悟る。 「ま、」  がっしりと腕を掴まれグイッと引っ張られる。バランスを取ろうと本能が一歩前に足を出した。それを合図にりょうがグイグイと俺を引っ張りながら歩き出した。 「まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてっ!」  なんとか阻止しようと足掻いてみるも、通常よりも力強くそれを許さない酔っ払いには通用せず、後方に体重をかけて動きを止めようとしても、俺を引き摺りながらズンズンとまるで重機のように寝室に進む。 「りょう、りょうくん、ストップだ、ストップだって!りょう!」  呆気なく、だ。  抵抗虚しく、呆気なく着いた寝室の前。  ドアをガンと音立てて開けたりょうがブンと腕を振った。わっと驚く前に体はベッドの上。  物言わないりょうはさっきまでの動きはどこに行ったのか、素早くベッドに膝と手をついて俺を見下ろしている。  お互いの顔の距離は数十センチ。  熱いくらいのりょうの呼気が俺のまつげを撫でる。  ヤバい。  本当に本当に。  冷たいシーツに触れていた両手でりょうの胸を押す。 「りょう、待てだ。せめて風呂」 「必要ない。味がしなくなる」 「あじ、っは、しなくてもいい!風呂入って準備するから本当に待てって!」 「準備、なんの?」 「今日は俺の中、撫でていい。だから」  ちょっと待ってろ。  頼むからこれで引いてくれと願いを込めた提案にりょうは不思議そうな顔をして「しなくていい」と首を振った。 「一発やって寝よう!な!その方がいいだろ!」  な、だろ、りょうくん。頼むから。  こちとら必死だ。  いくらねちっこかろうが一度果ててしまえばいい。その方がいい。  人感センサーが作動して部屋はゆっくりとオレンジの灯りに包まれる。  俺を見下ろすりょうの瞳がユラユラと揺れて、光った。  「あおさん」  りょうの吐息がかかる。 「やりたいんじゃない、食いたいんだよ」

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