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第12話 雪が降ったらおでんだとかはんぺんは黒だとか白だとか

「ふふ、くすぐったいってば」  ざっくりとした白いニットから見えるうなじに鼻先で触れると、切れ目を入れたこんにゃくを三角に切りながら、あおさんが笑い身じろいだ。  危ないだろ、と言う割に離れろとは言われない。邪魔しないなら‘ここ’にいていいらしい。  キスをして、背後からグッと腰を抱き込む。  次から次へと器用に材料を切る手元を見ながらご機嫌な鼻歌をBGMに、首元に鼻を寄せすっと吸い込むと、柔軟剤の香りに混じりあおさん自身のにおいがして、それだけで下半身が熱を持った。 「……しないからな」  それを、感じ取ったらしい年上の恋人は途端に怪訝に眉間にシワを寄せた。  正月休み中、ほぼやりっぱなしだった。一時も離れたくなくて常にあおさんのどこかに触れていたし、中もくまなく全部自身のもので擦り上げた。もう十分なはずなのに、触っても触っても触り足りない。 「わかってる」  チュッと首筋に音立ててキスをして、そっと腰だけ離す。際限なくこの人を求めてしまう自分を制御するためには一定の距離が必要で、けれど離れたくないのだから仕方ない。そこを感じさせないように配慮するしかない。  コンロの上でコトコトと寸胴が音を立てて、白い湯気がゆらゆらと立ち上る。その中に切った具材を入れたあおさんが、腕の中でゆっくりと振り返った。 「このまましばらく煮る。大根染み染になるぞ」  お前、大根好きだろ。と、とろり笑った顔にキュンと心臓が鳴る。  たまらない、この人が好きで。  少しだけ高い位置にある唇にそっと口づけて、そのまま頬に触れる。  触れるだけのキスのあと、キレイに浮き出た鎖骨に額をつけるとあおさんは指先で俺の髪を梳いた。 「明日、雪大丈夫かな」  昼前から降り出した雪は牡丹雪となって振り続け、日が落ちる前に世界を白銀に変えた。このまま気温が上がらなければ明日の朝は間違いなく路面が凍ってる。 「んー、朝、状況見て電車で行く」  仕事初めからついてない。そうこぼせばあおさんから「職場まで車出すよ」と返ってきて、 それに顔を上げて首を振る。 「いや、いいよ。あおさんも明日から仕事通常運転に戻すって言ってただろ」 「送迎の時間なんてどうってことない」  大丈夫、その言葉に一瞬甘えそうになったとこりで後ろポケットに入れていたスマホが振動した。  あおさんが両眉を上げて後方に視線を投げる。暗に「確認しろ」と言っているその表情を汲み取って、スマホを取り出すと、画面にはメッセージアプリの受信を知らせる通知がデカデカと出ていてた。  それを軽くタップする。 「あ、」 「何」 「明日職場の先輩が途中で拾ってくれるって」  最近近くに越してきたらしいその人から『ついでだから一緒に行こう』とメッセージが入っていて、それをあおさんに見せる。  すっとあおさんが真顔になった。スマホの文字を目で追ってから「ふーん」と言って俺を見た。 「よかったな」  にっこりと口角を上げたその顔に、思わず、本当に思わず吹き出してしまった。 「何、笑ってんだよ」  まずい、と思った時にはもうすでにしっかり導火線に火をつけたあおさんが俺の肩を押した。その勢いで二歩後ろに下がる。 「その可愛らしいスタンプ送ってくる先輩に送り迎えしてもらえてよかったな」  あおさんが心の中でファイティングポーズを取ったのがわかった。  それに、にやけそうになる口元を咄嗟に隠す。  たまらない。  この目の前の恋人が。  たまらなく愛しい。 「何ニヤついてんだ、クソガキ」 「ごめん、あおさん」  一歩あおさんに近づく。 「何に対してのごめんだ」 「明日送り迎えして」  もう一歩。 「……ふん」 「いい?」  彼の両手を握る。  そしてその甲に唇をつける。  上目遣いであおさんを見れば彼はもう一度「ふん」と鼻を鳴らした。 「仕事の邪魔したくなかったんだ」 「……邪魔なら邪魔って言う」 「うん。だよな。……明日送ってくれる?朝早いけど」 「……しょうがないから送ってやるし迎えに行ってやる」  そっぽを向いたままだったあおさんと視線が合う。少しだけ不機嫌に「先輩は断れよ」と言うのに頷いて、あおさんに見えるように断りのメッセージを打ち込んで、送信ボタンを押すとスッとスマホを取り上げられた。 「このままおでんと一緒に煮てやりたい気分」  ムカつく。言ったあおさんの手の中のスマホを奪い返して嫉妬深い恋人を正面から抱きしめる。 「ヤキモチ妬き」 「妬くだろ、好きなんだから」 「あんたしか見えてないのに」 「知ってるけど、それでも」  嫌なものは嫌だ。まっすぐと俺を見つめるあおさんの両腕が背中に回された。 「お前は俺だけのだし」  ギュッと抱きしめられ、独占欲むき出しの言葉が鼓膜を揺する。  キュっとまた心臓が鳴った。 「好きだよ、あんただけが」 「知ってる」  俺も。返された言葉に彼の背中をゆっくりと撫でた。言い尽くせない愛の言葉の代わりに、 そっと。 「……おでんめっちゃいいにおい」 「ふふ、ダシしっかりとったからな」 「早く食いたい」 「もうちょっと煮たらな」 「腹減った」 「ふふ、俺も」

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