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第2話
早速会社に転変休暇の申請をし、小春の世話の合間に諸々の手続きを進めた。ヒトになった小春は、見た目は青年だがヒトとして自立しているかと言うとそうではなかった。俺の言葉は理解できるようだが話すことはまだ難しいので付きっきりでコミュニケーションを取る必要がある。もちろんヒトの生活などにもほとんど理解がないため身の回りの世話も一からトレーニングが必要だ。しかもそれらはすべて日常生活を送りながらこなさなければいけない。
そうなると素人がひとりで抱え込むことは到底不可能であり、専門のシッターには本当に助けられた。
「小春くんはお喋りが上手ですね。日和さんがたくさん話し掛けてあげていたのがよくわかりますよ」
三か月間の期間で申請した休暇が半分終わる頃には小春は随分と生活に慣れ、言葉のコミュニケーションが上達した。黒い猫の耳と尻尾を持つシッターのクロさんは転変についての知識が豊富で、彼を介することで小春がヒトとしてぐんぐんと成長していくのがよくわかった。クロさんに褒められて嬉しい小春は俺に抱きつき頭を身体に擦り付けた。
「お喋りが上手でもまだまだ猫ちゃんだなあ」
「日和、猫、いや?」
至近距離で真っ直ぐ見つめる瞳のなんと澄んだことか。ひと月以上毎日見ているのに未だにその美貌に慣れることはない。まん丸の瞳が悲しそうに元気をなくすと俺まで胸が痛くなる。
「嫌じゃないよ。小春はヒトでも猫でも可愛いよ」
クロさんの手前、本当はふわふわの耳を唇で挟みたいのを堪えてたっぷり撫でるに止めた。相変わらずの触り心地は間違いなく俺を癒してくれる。
「きっと学校に通うようになったらあっという間に自立できるようになると思いますよ」
「学校楽しみ! もっとおしゃべりする!」
小春は人間の社会の仕組みを学ぶため、春には転変した者が通うための学校に入学することになる。学校を卒業した後は改めて進学をしたり、就職をしたり、そのまま家庭に入ることもある。今はまったく想像が付かないが、小春が良いと思う道を選んでくれたらいいと思う。
「じゃあ夕飯の支度をするのでその間小春の相手をお願いします」
これまで大して家事はしてこなかったが小春がいるとなるとコンビニ弁当ばかり食べてもいられない。休暇の間になるべく自炊のコツを覚えて小春に栄養のあるものを食べさせなければ。その一心で俺は日々小春に手料理を振る舞い、小春の好みを見つけることを励みに頑張っている。
「クロサンもマスターと仲良し?」
「うん、とっても仲良しだよ」
キッチンからふたり並んだ後ろ姿を見るとゆらゆら揺れるリラックスした尻尾がじゃれ合いまるで兄弟のようだ。クロさんは人間の歳で言えば三十手前くらいだろうか、俺と小春よりもお兄さんに見える。穏やかな雰囲気と慈愛に満ちた表情からマスターによく愛されていることが伺える。今までごく稀に見掛ける転変したであろう者や目の前に並ぶふたりを見て確信したが彼らはより自分の主人に愛される容姿で生まれ変わるのだと思う。それほどクロさんにも神秘的な美しさがあるのだ。
「小春くんと日和さんはどんな仲良しになるのかな」
そう言ってクロさんはあいうえお表を広げてひらがなの勉強に移った。先の発言に他意は無いのだろう。
しかしその一言は大いに俺を動揺させた。
クロさんが帰った後ふたりで夕飯を食べた。まだ指の使い方に慣れない小春だが一生懸命スプーンを使って自分でオムライスを食べられるようになった。日々の成長は目覚ましくその度に胸がジンと熱くなる。
それからまだ苦手で嫌がる歯磨きをどうにか手伝ってやり、たくさん撫でてキスをすることで小春の機嫌を取れたらその後からは俺が頑張る番になる。
「うぅー……ん、ひより、きもちいぃ……、はあ……♡」
「~~ッ!」
小春はほっそりと長くしなやかな手足を投げ出し、白くて滑らかな身体を俺に託す。無遠慮に俺にしなだれかかる身体は決して軽くはないが甘え慣れた猫様は容易に収まりの良いポジションを見つけて泡にまみれた身体で擦りつく。小春の下半身は彼の意識の他所で緩やかに勃ち上がり、身体中に巡る熱を逃せず頬を上気させる。
(ッ、か、可愛すぎる……!)
かく言う俺は小春のモノとは比較にならない程完全に勃起し、清らかな猫の身体に触れないようにタオルを腰に巻いている(が、歪に盛り上がってしまうのはもう避けられない)
「お風呂、気持ちいいな、小春」
「うん、小春、おふろ好き、んっ、ひより好きぃ……」
ぬるりと泡で身体を滑らせて小春が抱きつきながら俺の首に唇を寄せる。
「ッ……! ほら、もう綺麗になったから身体洗うのおしまいな、滑って危ないから!」
狭い浴室の洗い場で毎度大人しくしていない小春はいつもバスチェアから転げ落ちる。中身は子供のようでもサイズは俺と変わらないのだから大人の男ふたりがこんなところでドタバタしては怪我をさせてしまう。小春の身体を洗うのはいつも一苦労で気力と体力をすり減らしている。
「日和の身体も洗おうね」
ぷりぷりに火照った小春がスポンジに手を伸ばし俺の身体に押し当てる。慌ててその手首を掴まえて制止した。
「俺はひとりで洗えるからいいの!」
もしも小春にこんなところを触れられたら……。
……考えただけでものぼせてしまう。
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