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第4話

 小春を風呂に入れては男ふたりでムラムラする夜、過ちを犯さないようにするにはあまりにも長い。風呂上がりの小春をわざわざ外に出すのも正直気が進まないし、休暇が明けてからもこの生活を続けるのは現実的ではない。どうしたものかと悩んでいたが解決策はとてもシンプルだった。 「いつの間にかお箸も使えるようになったんだね」 「お皿も洗えるよ!」 「え、もうそんなこともできるの? 凄いなあ小春くん、どんどんできることが増えていく」  それはクロさんと小春の何気ない会話だった。小春は好奇心が強く、様々なことに挑戦しては獲得した。少し前まではひとりで食事をすることにも感動していたのに今では当たり前に箸が使えるようになった。それに飽き足らず最近は俺の真似をよくするようになり、料理や洗濯にも興味を示している。  そう、もはや小春がひとりで風呂に入ることはそう難しい事ではないのだ。  ほっそりとしているが小春の身体は男して充分成熟しているはずだ。その身体の隅々まで蓄積した欲はきっと少しの刺激で反応してしまう。それは正常な反応だがまだ小春の心が追い付いていない。そんなアンバランスな時期に何かあってはいけない。欲求不満だからといって俺が触発されて良い理由にはならない。  俺はその日の夜、早速別々に風呂に入ることを提案した。 「なんで! 一緒がいい! ずっと一緒!」  小春は怒って正面から俺に抱きついた。可愛い口を引き結び、小鼻を膨らませて抗議するが丸い瞳は悲しみが滲んでいる。同じシャンプーを使っているはずなのにどうしてこんなに良い匂いがするんだ……! 「大人になる練習だよ、春には学校に行くでしょ? 小春もひとりでできるようにならなきゃ」  俺は心を鬼にした。本当は俺だって可愛い小春をいつまでも風呂に入れてやりたいし、いつまでも甘えん坊な小春がたまらなく可愛い。だけどこれは小春の健全な心の成育のために必要なのだ。加えて二か月も溜め込んだ経験がない俺にとってこれはとっくに生き地獄と化している。とにかくこの習慣はここで断ち切るべきだ。 「クロさんだってひとりでお風呂に入ってるよ? 小春もクロさんみたいな大人になりたいだろ?」  クロさんは小春にとって何よりもお手本になる先生だ。これまで小春はいくつものことをこの文句で獲得してきた。 「クロサンもマスターとお風呂に入ってる! 仲良しだから!」  えー! と叫びそうな俺をよそに小春は「小春と日和も仲良しなのに……!」と限りある語彙でぶつくさ呟いている。クロさんのマスターはかなり歳が離れていると聞いたがふたりは恋人同士だったのか……。あのしっかり者で落ち着いたクロさんもマスターとふたりで風呂に入っていると知り、神秘のベールが一枚はがれた感じがした。 「それでも! クロさんはひとりでお風呂に入れるはずだよ! 小春もひとりでお風呂に入れるようになったらきっとクロさんも褒めてくれるよ?」  俺は本音が聞こえないように心の中で頭を振って抵抗した。小春は唸りながら俺の首筋に顔を埋め、意図せずふわふわの耳で俺の顔と心を擽った。 「……ずっとひとり? 日和、もう小春とお風呂入らない?」  泣き言と共に首筋に吐息がかかり俺は決意が揺らぎそうだった。このまま服をひん剥いて今すぐ風呂場に連行したいくらいだ。 「たまに入ろうね、小春がひとりで入れるようになったらまた時々、一緒に」  嘘だ。本当は毎日一緒に入りたい。小春が心の準備もできたら直ちに一緒に入りたい。だけどその時には一緒に入ってくれるとは限らない。この想いは一種のバグかもしれないのだから。  それから小春は渋々風呂場に向かい、数分に一度安全確認のために覗きに入る俺を誘惑し、無事にひとり風呂デビューを果たしたのだった。  小春の髪を乾かした後はいつもの麦茶を飲ませ本を与えた。小春は既に簡単な文章の読み書きができるまでになった。そうして確保した数十分間で俺は愚息を構うべく気合十分にひとり風呂場へ向かったが、度重なる小春の邪魔により失敗に終わった。いわく「安全確認」だそうだ。最初ドアを叩かれた時は洒落にならないほど驚いたが、悪戯っぽく笑う小春の顔もまた可愛くて叱ることはできなかった。  いやいやながらもひとりで風呂に入れた小春を俺は素直にたくさん褒めた。小春の成長は純粋に嬉しいのだ。そして小春は誇らしげにしつつも甘えたい欲を募らせて、いつも以上に風呂上がりの俺にくっついた。 「ふふ、えらい? 小春すごい?」  全力でくっつく小春は俺の顔に唇を押し当てて話す。甘えたな尻尾もすりすりと俺の腕や脚に絡みつき、何より股間の真上に跨られては煽られてしまってたまらない。褒められたいだけの純粋な小春に鼻の下を長くするなんて、俺はダメな主かもしれない……。 「でも日和の方が気持ち良かった。ひとりだと気持ち良くなかった。日和、また小春とお風呂入ろ? 小春ひとりでお風呂に入れるよ?」  ああ……小春やめてくれ……どうかそんな声で甘えないで……頭をすりすりさせないで……良い匂いで抱きつかないで……俺はお前のことが何より大切なんだよ……頼む…… 「うん、すごい、小春はすごいよ。でも暑いから今は一旦離れような……」  不服そうな小春を除けて窓を開ける。冷たい夜風が肌を撫ぜ、高められた体温が落ち着くのを感じた。外ではもう虫の鳴き声も聞こえなくなっていた。 「今日もお散歩行く?」 「行かない。風邪ひいちゃうよ」 「こうしたらいい。あったかいよ」  そう言ってまた小春は俺にくっついた。両腕を俺の身体に回して小さな頭を肩に乗せる。初めてヒトの姿になった時にはただただ擦り寄り数少ない単語を話すだけだったのに、あっという間に成長するものだ。 「……俺は小春が大事なんだよ」  抱きつく身体が震えるのを感じ、すぐに窓を閉めた。預けられた頭にそっとキスをして夜風に当たった部分を擦ってやる。 「小春も日和が大事」  優しく細められた瞳が綺麗で見入っていると唇に柔らかい物が当たった。 「日和大好きだよ~」  再び幼く抱きついた小春が何を想っていたのか、俺にはまだわからない。

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