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第5話

 転変という現象はまだ解明されていない部分がほとんどで、非常に神秘的なものとされている。主と転変者は強い絆が結ばれるとされているがその関係性を誰かに決められるものではない。戸籍を登録する際に当人間で関係を明記する必要があるが実際の関わり方は人それぞれだろう。独身者の愛玩動物が同世代のヒトに転変する場合、生涯のパートナーとして考えるのが妥当だ。しかし小春を見ていると、小春を恋人にすることは大切に育てた生き物を刈り取るように思えて憚られてしまう。もっと小春が成長して人を知り、社会を知った上で俺を選んでくれたら、そう思わずにいられない。 「もうすぐ休暇が明けますが、何か困っていることはありませんか?」  ここ最近の悩みに没頭していたところでクロさんの声にはっとした。整髪料をつけていないことがわかる綺麗な黒髪がさらりと揺れ、この髪も主人の手に触れられているのだろうかと想像した。 「おかげさまで、ひとりで留守番するくらいは心配ないと思っています。俺がちゃんと仕事に復帰できるかどうかの方が不安なくらいです……」  半分冗談だが半分は本音の俺の発言に対して、クロさんは琥珀色の目を大きく見開きそれから笑って流した。 「なんだか最近表情が曇って見えたので」  クロさんのサポートのおかげで小春は既に目を離せない存在ではなくなっていた。今はおやつを摘まみながらひとりで勉強をしている。そのため近頃はクロさんと話す機会が増えた。今も俺は夕飯の支度をして、その傍らで食器の片づけを買ってくれている。 「転変はありふれたことではないですから、私が力になれることがあれば頼ってくださいね」  俺が仕事に復帰する頃にはクロさんの手伝いを頼む機会は減るだろう。それにクロさんに来てもらうにしてもそれは俺が不在の間のことになる。転変の当事者にゆっくり相談できるチャンスは今後多くはないかもしれない。 「……あの、少し、言いづらいんですけど」 「? ええ」  クロさんは皿を拭く手を一瞬止めてこちらに視線を向け、再度何事もないように作業を続けた。 「俺と小春の関係ってどうなっていくのかな、と最近思ってて……。前にクロさんも俺達がどんな仲良しになるのかなって小春に言ってたじゃないですか? あれってみんなどうやって決めていくんでしょうか……」  意を決して手元からクロさんに目を向けるとこちらに向いていたはずの瞳が俺の視線をかわした。クロさんは少し沈黙したあとで口を開いた。 「……日和さんは小春さんをどう思っているんですか? それから小春くんも日和さんをどう思っているんでしょう?」  内心ぎくりとした。嫌に鼓動が速まり指先が冷える。後ろめたい感情に一気に迫られて心の準備が整わない。 「こういう悩みってよくあることですか?」 「うーんどうでしょう……」  クロさんは目線を落として曖昧に布巾で皿を撫でた。 「ただね、」  柔らかくもきっぱりとした雰囲気で言葉が区切られた。思わずクロさんへ視線を戻すと彼はまた確かな手付きで皿を拭いている。 「私達は主人を選んで転変します。何があってもどんな形でも主人を愛しています。これだけは絶対に揺るぎません」  そう言い切って俺を見え上げるクロさんはいつもとは違う表情で微笑んで見せた。俺を安心させるためじゃない、誇りに満ちたような、でもどこか不安にも見えるような不思議な笑顔だった。 「……それは、俺も同じです」  少し呆気に取られてワンテンポ遅れて返事をすれば今度はふっと気の抜けた微笑に変わった。いつものクロさんだ。 「まあ学校に通うようになれば性教育もカリキュラムにありますし、そうでなくても小春くんは三歳で転変しているので元々成猫ですから、そんなに思い詰めなくても大丈夫ですよ」  クロさんはけろっと一声で俺の悩みを吹き飛ばし、加えて軽くウインクまでして見せた。それは普段のクロさんからは想像できない愛嬌でとても魅力的だった。 「ねえふたりで何話してるの~?」  リビングで勉強している小春がまるで俺の心の声が聞こえたようなタイミングでこちらを振り向いた。 「小春くんと日和さんは仲良しだって教えてもらってたんだよ」  機転の利いたクロさんの返しに小春は満足そうに笑った。その笑顔に目尻を下げるとクロさんも笑った。

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