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第5話
会計の所で、真嗣は酔っ払ってふらふらの隆也を支えようとしたが、大丈夫、大丈夫と言って、手を払った。隆也はカウンターの中の大将に向かって、美味しかった、また来るよと大きな声で言った。大将は人懐っこい笑顔で
「ありがとうございます。来週くらいにはホタルイカのいいのが入ると思いますし、他にもイカ墨の料理もありますから、お待ちしてますよ」
「真嗣、聞いたか?イカ墨だって。なぁ、二人でお歯黒になろぜ。大将、来週も来るよぉ」
隆也は完全に酔っ払いの域に達していた。真嗣は隆也をこの状態で一人で帰すわけもいかず、なんとか住所を聞き出し、タクシーに乗った。隆也の住まいは真嗣と同じ沿線ではないが方向的にはさほど変わらなかった。隆也自己申告の住所に到着すると、3階建てのスタイリッシュなマンションがあった。
「隆也、着いたぞ。鍵は?」
「えぇ?…鍵…はい、これ」
隆也は鞄からキーケースを出して、真嗣に渡した。
隆也は真嗣無しでは立っていられなかった。真嗣はキーケースの中から、それらしい鍵をガラス扉の横にある暗証番号ボタンの下の鍵穴に差し込むと、静かに扉が開いた。
「なぁ。お前ん家、何階のどこだよ」
「…えっとねぇ。503号室」
「アホか。お前のとこは3階建てだろうが」
「じゃあねぇ…305号室」
エレベーターもないため、真嗣は隆也の脇を抱えながらなんとか3階に辿り着いた。本当に305号室か怪しいと思いながらも、そっと扉の鍵穴に差し込むと開錠ができた。真嗣は思わず大きな溜息を吐いた。
広めのワンルームの部屋は、男の一人暮らしそのものの散らかりようだった。部屋の奥にあるベッドに隆也を寝かせた。縛った髪が半分解けて顔に掛かっていた。真嗣はその髪をかき上げてやると、幸せそうな顔で隆也は眠っていた。真嗣はさっきは何故この男に賭けてみようと思ったんだろうと、微苦笑した。
ベッドの横のデスクにはプロ仕様の色ペンや大きさの違う画帳があった。壁に掛けられたピンナップボードに、就職試験にされた風を纏ったようなあの服の原画が貼ってあった。隆也も気に入ってたのかと思うと、やっぱりコイツといつか一緒に仕事がしたいと思った。隆也が眠っているのを確認して、その原画をスマホで撮った。
さぁ、帰ろうと思った時、真嗣は鍵に気付いた。真嗣が外から施錠をすると、鍵を持って帰ることになる。隆也の玄関扉にはポストのような穴はない。かと言って空けっぱなしは、今のご時世、防犯上良くない。
真嗣は仕方なく隆也を起こした。
「なぁ、俺帰るから、玄関の鍵閉めてくれよ」
「鍵?…大丈夫だって、そんなの」
まったく閉める気は無さそうだった。
「もう…お前、スペアキーとか無いの?」
「あぁ…冷蔵庫」
「冷蔵庫?…水飲みたいのか?」
真嗣は冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを隆也に持って行き、もう一度スペアキーのことを聞いた。
「だから、冷蔵庫だって…」
真嗣はまさかと思いながら、もう一度、庫内をくまなく見ると、ドアポケットに立てられたわさびチューブの横に鍵を見つけた。真嗣はキーケースを隆也の鞄の中に戻し、冷蔵庫の鍵を持って行くことを、隆也のスマホにSNSでメッセージを入れた。
遅い時間でも、外はまだ蒸し暑かった。スマホの地図上では真嗣の家までは直線距離で4キロ少しだった。明日は休みだ。真嗣は隆也から出された試験の答えを考えながらゆっくりと歩いて帰ることにした。
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