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第9話

 真嗣が隆也からのメッセージに気付いたのは、会議が終わった四時過ぎだった。イカが食べたいからだけでは無さそうだと思った。六時過ぎには行けると返信をした。恐らく隆也のことだから予約もしてないはずだと思い、返信の後に『松峰』に予約を入れた。  六時過ぎ、真嗣が店に入ると、既に隆也がカウンター席で大将と談笑をしていた。今日は比較的、店は空いている日だったようで、真嗣は予約はいらなかったかなと思った。大将が真嗣の来店に気付いて威勢のいい声をかけると、隆也に予約した場所にどうぞと手を半個室へ向けた。  真嗣は心配するほどではなかったと、ホッとした。何となく話したい、一緒に飲みたいと思ってくれる仲になったんだと、内心喜んだ。 「予約してくれてたんだな…急に誘って悪かったな」 「なんだよ、いつになく殊勝だな」 「俺はいつも態度悪いのかよ」  真嗣は肩をすくめた。 「なんかさ…あぁ、何でもない」  隆也らしくなかった。 「何だよ、言いかけてやめるなよ」 「あぁ、それよりお前、風を纏った服のパターンはどうしたんだよ。内定取り消すぞ」  隆也は護摩化した。 「俺、内定もらってたんだ」 「この間のイカのパターンは秀逸だった」  真嗣はコンペのことで、何かあったんだと察した。自分と飲みたいと思ったのは、たぶんその辺りが理由なのだろう。その話しには触れないでおこうと思った。  今日は早めに、ビールから冷酒に変わった。隆也は急に真嗣に質問をした。何故、人は服を着るのかと。 「そんなこと、改めて考えたこともないよ」 「じゃあ、考えろよ。俺と一緒に仕事したいんだろ?今のところイカだけだぞ。合格点をやれるのは」  真嗣は何となく、今晩の隆也はからみ酒になるなと予想し、当たり障りがないように真面目に答えた。 「単純に考えると、体温調整や皮膚の保護とかもあるだろ」 「じゃあ人類も、動物みたいに毛が生えたり、皮膚が分厚くなればいいんだろ?」 「まぁ、それとか、自分を美しく見せたいとか」 「何で、美しくなりたいんじゃなくて、見せたいんだよ」 「ほら、鳥とかさ、オスがメスへの求愛で羽とか綺麗にしてるのあるだろう?」 「求愛?つまり繁殖のために自分を美しくみせようとして服を着るのか?」  真嗣は段々と面倒臭くなってきた。 「じゃあ、お前はさぁ、今朝、自分ではカッコいいと思ってるそのシャツを着る時に、繁殖の為と思って着たのかよ…えぇ⁈どうなんだよ」 「このシャツか?…繁殖の為じゃないけど似合ってるだろ?この間、お前にジャケット似合ってるって言ってもらって嬉しかったんだよね…このシャツも似合ってない?」 「お前、俺に求愛してんのか?…俺はオスだぞ」 「わかってるよ」 「お前は、誰にでも求愛すんのか?…俺はな、節操のないやつとなんか仕事したくないんだよ」  真嗣は無理やり、話しの方向を変えたが、それもまたおかしな方へ向いてしまった。 「だから、俺が言いたいのはさ…なんだ?その…」 「難しいことはいいから、飲めよ、ほら」    酔っ払って言った隆也の質問、『何故、人は服を着るのか』真嗣なりにもう少し考えてみようと思った。  今日も隆也を家まで送る羽目になりそうだった。鍵を預かったままでよかったと真嗣は思った。

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