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第11話
会議でいつもより昼休憩が遅くなった真嗣は、食事の後に同僚と話しをしていると、ズボンのポケットに入れていたスマホが振動した。隆也からのメッセージだった。
『コンペだめだった』
たった一言。
隆也は自分の思いをべらべらと口に出して言うタイプでは無いが、このコンペには並々ならぬ意欲はあったのは真嗣にも感じられた。真嗣は先日の隆也の様子を思い出した。何か言いかけたのを止めて誤魔化していたのは、コンペの結果は隆也にはなんとなくわかっていたのかもしれないと思った。
隆也にどんなふうに声をかけるか、いや声なんていらないのかもしれない。今はただ、隆也の傍にいてやりたかった。
真嗣は隆也に、今晩、お前の家に行くから、とだけメッセージを送った。すぐに既読マークが付いたが、返信はなかった。
真嗣は定時で退社をして、隆也の家に行く途中で酒屋に寄った。隆也のマンションに着くと、部屋番号と呼び出しボタンを押したが、応答がなかった。家にいないのかと思ったその時、ガラス扉が静かに開いた。
三階の隆也の部屋のインターフォンを押すと、すぐにドアが開いた。冷めた目つきの隆也が面倒臭そうに言った。
「なんだよ。何しに来たんだよ。負け犬の顔をわざわざ見に来たのか?悪趣味だなお前」
「まさか、違うって。俺はサンドバッグになりに来たんだ」
「はあ?何言ってんのお前…」
「だから、今晩だけお前のサンドバッグだよ。好きにやっていいぞ」
隆也は真嗣の真面目な顔を見て、意味がわかった。
「ふぅん…じゃあ」
と言って、真嗣の脇腹をまぁまぁの力で殴った。
「…痛って。いきなりボディかよ」
「サンドバッグがしゃべんじゃねぇよ」
「さぁせん…」
隆也はもう一度、脇腹に一発入れた。今度は真嗣は黙っていた。
「お前、何なんだよ。何で…」
隆也は声を詰まらせた。そして、それを誤魔化すように真嗣を睨みつけながら言った。
「お前、手ぶらで来たんじゃないだろうな」
真嗣はニヤッとして、持ってきたレジ袋の中身を見せた。イカ燻とイカ天と隆也が好きな辛口の日本酒の一升瓶だ。隆也はそれを見て、ふん、と鼻を鳴らして部屋の奥にいった。真嗣は靴を脱ぐとキッチンに行って棚にあるコップを二つ持って、隆也の前に座った。
真嗣は一升瓶の酒をコップに注いだ。静かな部屋でトクトクと酒が注がれる音がやけに耳についた。
「お疲れ…」
真嗣は一言そう言うと、自分のコップを隆也のコップに軽く当てた。
「何が、お疲れだ。早くイカ燻出せよ」
真嗣は、はいはいとばかりに、持ってきたイカ燻とイカ天をテーブルに広げた。隆也は黙ってイカ燻を噛みちぎり、コップの酒を呷った。
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