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第12話
一升瓶の酒が半分以上減った頃、目が据わってきた隆也が言った。
「聞きたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「サンドバッグはしゃべりませんから」
「…お前、マジで殴るぞ」
真嗣はコップの中の酒を見ながら
「聞いたところでさ、結果が変わるわけでもない。俺はお前のデザインが好きなだけだよ」
「はぁ?何だよそれ。口説いてんのか?お前ちょっとこっちに座って後ろ向け」
隆也はテーブルを挟んで対面で座っていた真嗣を自分の横に座らせて、背中を向けさせた。そして手近にあったシャツを自分の拳に巻きつけた。
「いいか、俺はな、先生に認めてもらえるんだったらどんな努力も厭わなかったんだよっ」
隆也は真嗣の背中にパンチをした。
「でもな、デザイナーの魂を売るようことはしたくないんだよっ」
二発目が入った。
「コンペの為に身体売れるかってんだ」
三発目はなく、真嗣の背中に頭突きをして、そのまま、もたれていた。
「もう少し上手くやればいいのにって…何だよそれ…身体売ってまでして得たもんに、何の価値があるんだ?…たった一晩我慢したらいいだけって…そしたら後は欲しかった結果が手に入るんだって…アホか」
真嗣は背中が濡れたような感じがした。
「隆也…誰が何と言おうと、お前は間違ってない、お前は絶対に正しい…俺はそれくらいしか言ってやれないけど…お前が今、後悔していないんだったら、それが一番だ」
「当たり前だ、後悔するわけないだろ…このバカ」
隆也はもう一度、頭突きをした。そして真嗣の肩甲骨あたりを掴んで、声を押し殺して泣いた。
真嗣は一晩でも二晩でも付き合ってやるよ、と心の中でつぶやいた。
しばらくそのままでいると、隆也は真嗣の背中をパシッと平手打ちした。
「真嗣、ありがとな。泣いてもいい人がいるってありがたいよな…。真嗣、お前って本当いい奴だな…あぁ、俺、真嗣が好きだわ…」
真嗣は隆也の方に向き直り言った。
「じゃあ、抱き合おうか?」
真嗣は、何言ってんだよ、と突っぱねられると思ったが、隆也はしおらしく、うん、と言って両手を広げた。真嗣は隆也を引き寄せ、今は一旦その涙ですべて洗い流して、また新たに服への熱情が湧いてきますようにと、力いっぱい抱きしめた。
自分のことを好きだなんて100%酔っ払いの戯言と分かりながらも真嗣は隆也に言った。
「なぁ、ついでにキスもしようか?」
隆也は充血した眼で真嗣を見ると
「いや…それは遠慮しとくよ」
真嗣は隆也にわからないように、ちぇっ、と残念がった。
「あぁ、お前今、ちぇって言っただろ…ちぇって」
隆也は聞き逃さなかった。
「言ってねぇよ」
「いや、言ったね」
「言ってねぇし。お前の空耳だ」
「うそ、絶対言った」
言った、言わないのやりとりがしばらく続いた。もう、いつもの隆也に戻っていた。
「つまみも無くなってきたし、俺そろそろ帰るわ」
「あぁ、サンキューな」
「おう。じゃあな」
真嗣は帰り道すがら考えた。もしあの時酔っ払っているとはいえ、隆也がキスをオーケーしていたら、本当にしていただろうか。あの充血した眼を閉じて顎を少し上げた顔を想像した。それと同時に、隆也にこんな思いをさせた、会ったこともない是澤を憎く思うのだった。
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